小 熊 座 2008/8 279号 小熊座好句 
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小熊座好句       高野 ムツオ



  

     地震のきて時間のずれし茂り山    千田 稲人

     縄文の日暮れへ還る夏の地震     青野三重子


    六月十四日に岩手宮城内陸地震が起きた。死者十三名、
   行方不明者十名を出す大惨事となった。多数の死者を出し
   た痛ましさに加えて、宮城の荒砥沢ダム上流部の大崩落に
   は、思わず息を呑んだ。荒砥沢ダムには、その数週間前に
   足を運び、栗駒の自然の雄太さを満喫してきたばかりでも
   あったからだ。あとで死者二千名以上を出したイタリアの
   バイオントダムのような被害が出なかったことだけは幸い
   だったとの記事を読み、改めて自然の猛威に畏怖を禁じ得
   なかった。

    地震に限ったことではないが、災害に遭った畏怖や悲し
   みを俳句に表現したいと思うのは、俳句表現に関わるもの
   にとってごく自然な心理といえよう。しかし、本来、叙述
   を拒絶するところに成立する俳句形式で、時事的な事象に
   基づき、その心のありようを述べようとするのは難しい。

   厳密にいえば、表現形式としての矛盾に立ち会うことにな
   るといってもよい。しかし、その困難さに果敢に向かうこ
   とで、リアリティを充分備えた佳句も生まれるというのも
   事実だ。十三年前の阪神大震災の際も、<倒・裂・破・崩
   礫の街寒雀 友岡子郷)(白梅や天没地没虚空没 永田耕
   衣)などの名句が生まれている。


    掲句二句に共通している点は、地震に遭った畏怖を時間
   感覚でとらえているところだ。千田稲人は、眼前の「茂り
   山」の現在時間の不安定感を「ずれ」と表現した。青野三
   重子は、まるでビデオテープが巻き戻されるように時間が
   古代へと遡行する感覚として地震の不気味さを訴えている。


    ソーダ水おのころ島を生みたまえ   土屋 遊蛍

    ソーダ水という飲み物の名前を聞いてからもう半世紀も
   経つが、飲んだ経験というとほんの数回、それもソーダフ
   ロートというアイスクリームが載った、子供向けの代物。

   しかも数十年前の記憶だ。そのせいかソーダ水はどうして
   も時代がかった飲み物の印象。これは私一人かと思い、手
   元の歳時記を繰ってみるが、やはり、(ソーダ水方程式を濡
   らしけり 小川軽舟)(東京湾海鳴り滅びソーダ水 奥坂ま
   や)など新しい世代の句もどこか古色を帯びている。掲句
   は、その古色を逆手にとった。ソーダ水を前に楽しげな少
   女へ「おのころ島を生みたまえ」と呼びかけているのだが、

   この呼びかけは、少子化という現代の世相を踏まえている
   のはいうまでもない。加えて「産めよ殖やせよ」と機械扱
   いしたかつての国策への揶揄もこめている。「おのころ島」
   とはいうまでもなく日本そのものだからだ。


    空梅雨のころがりさうなガスタンク  津高里永子

    桜桃忌知らせるやうなバイオリン   遅沢いづみ

   のガスタンクやバイオリンの詩的説得力にも感銘。確かに
   こう表現されるとガスタンクは転がり、バイオリンは太宰
   治を偲ぶために鳴り出す。





  
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