小 熊 座 2010/1  №296 特別作品
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      2010/1  №296  特別作品



     かもめにジャズを       佐々木 とみ子

  秋ゆくや冷たく荒らき海の上

  足腰の冷えてくるころ林檎熟れ

  小六月川に降るものみな魚に

  水底に白冴えて鮭落ち林檎

  呆ちゃれ鮭流されてまた遡る

  呆ちゃれ鮭白波たてて生きて居る

  死にぎわの何がみえるか呆ちゃれ鮭

  被爆展羽音をたてず冬がくる

  ろうそくに手をあたためる冬銀河

  極道のかもめにジャズと椎の実を

  玄海灘わすれないでと水母浮く

  国失くてエチゼンクラゲ大集団

  抽斗に聖書窓には秋しぐれ

  泣き声をたぐってゆけば真葛原

  木を植えて会いたきひとは椎の実に

  ハンカチを四角に畳み老いにけり

  明日かもしれぬまだかもしれぬ冬葎

  草虱ふつつかながら媼かな

  ふりむいて地平を越えし狼は

  マグダラのマリアのなみだ烏賊釣火



     雨粒の記憶          佐 藤 成 之

  みちのくの入江に春が先回り

  きさらぎのページに挿む波の音

  恋をしてレタスのように休眠す

  夜桜の後姿を見てしまう

  春夕べ滴るものとなっている

  六月の雨が心のバリケード

  夏蝶のスピード夏を追い越して

  夕焼を煮詰めてみれば夷狄の血

  夕焼の染み付くシャツを今日もまた

  遠い日の海へ転がるラムネ玉

  流木になってアジアの逝く夏を

  雨粒の記憶九月の美術館

  ひとりだと思う月光舐めてみる

  液晶の画面たちまち十三夜

  消息を尋ねるたびに時雨けり

  ブルースの響き十一月の空

  湯豆腐のように冬日の底にいる

  白鳥の首が乱立する不安

  寒月に始まる七言律詩かな

  雪の降る音の詰まった雪だるま



     西国の旅            高 橋 昭 子

  利久色の水輪広げて秋時雨    
智積院

  五重の塔の風鐸鳴らせ秋の風  
東  寺

  仰ぎ見る立体曼荼羅秋思かな

  神将の腰の力や天高し

  石庭の箒目落葉散りつげり    
 大覚寺

  まほろばは人種の坩堝鹿の声  
東大寺

  隠国(こもりく)の里の紅葉に迎へられ    
長谷寺

  秋日和亀の一族甲羅干す

  観音の高き錫杖秋日燦       
長谷寺

  長谷寺の裏参道実南天

  秋高し町石残る九十九折
(町石は道標) 高野山

  秋天をのぞかせ高野奥の院

  寂々とお百度石に散る紅葉

  奥の院心経の声さわやかに

  六道の辻を横目に京の秋     
 京 都

  秋水に影落としたる五條橋

  大和路と思へばひかる草紅葉   
奈 良

  先人を偲びて秋の初瀬(はせ)街道

  山辺の道に残れるひがんぱな

  紀の川の萱に太古のひかりかな  
和歌山



     閏  秒             冨 所 大 輔

  騙された秒針回る去年今年

  或るときの時間の欠けた古日記

  暗黒の真中貫くどんどかな

  余生とは天邪鬼なり春霰

  裏表なき春の空逝く途上

  はぼたんの渦が壊れる春一番

  生き過ぎた猫もおります猫の恋

  曇天の隅より描く春の鳶

  いまよりもこれからに俟つ梅の花

  満ちてくる青葉若葉に易く老ゆ

  薄荷糖売りに捕まる仁王門

  苔の花寺領に隠キリシタン

  別世から風渡り来る稲の夏

  襲われた空も今宵の大花火

  休耕の田は怨念の霧の中

  日だまりの小石になれぬ冬の蜂

  冬枯れの音は己の鎮魂歌

  霜の曰を動けば毅れそうな鴉

  少しずつ墓に近寄る蕗の薹

  その先は深く思わず種を蒔く



     観覧車             蘇 武 啓 子

  髑髏(どくろ)となるまで鳴くがいい螽蟖

  無花果煮る母から子へと伝う事

  椿の実胎児は足を組んでいる

  拾いたくなる仕舞いたくなる団栗は

  山家には山家の暮し柿すだれ

  柿の皮干す日の香と風をからませて

  柿熟るる同窓会の知らせ来る

  ナナカマド抱きタラップを上りけり

  路地裏にバターの香り文化の日

  日だまりに猫のかたまり実南天

  夕霧を纏い田の神帰り給う

  わがままを一つ許して花八つ手

  雪ん子の雪の土手より転がり来

  雪女郎乗り込む夜の観覧車

  母を呼ぶ声の千切れて波の花

  ポインセチア古傷がまた疼きだす

  もんじゃ焼箆にからめる一葉忌

  校庭に白鳥羽をこぼし去る

  寡黙なる父に似ており冬欅

  冬浅し野辺の地蔵に小石積む




  
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