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 小熊座・月刊 
  


   鬼房の秀作を読む (4)      2011. 1.vol.27 no.308



     陰に生る麦尊けれ青山河       鬼房

                                  『地 楡』(昭和50年刊)
 


  『地楡』所収。 掲句を口ずさむたびに、深秋の湯殿山での出来事が鮮やかに甦ってく

 る。それは、造化の神の不思議を思わせる光景との衝撃的な出会いであった。岩肌を流

 れ落ちる熱湯に耐えながら御神体の頂に立ったとき、そこで目の当りにしたものは、母な

 る大地そのものであった。岩の中央部の裂け目から湧き出る熱湯。生命の原初に関わる

 その御神体は、山河の中に厳然と在った。その時の体験が掲句を一層身近なものにした

 のである。

  ところで、陰、つまり山間の窪、そこに育つ麦こそ尊いという句意は、氏の立つ位置を明

 確に表している。と同時に掲句は衆知のように、『古事記』に記された穀物の女神、大気

 都比売神の死がもたらした起源神話の中の、「陰に麦生り」を踏まえて書かれた一句でも

 ある。陰はこの女神の陰であり、生命を生み育てる母なる大地の陰でもある。

  ふと私は、同『地楡』所収の「ひばり野に父なる額うち割られ」を思う。この悲壮なまでの

 自己確認ともいえる父性。この強靱な父性なればこそ、限りない母性への憧憬と畏怖を

 伴って、掲句のように産土への深い愛の一句を書かせるのだ。 このかなしくも逞しい父

 性。それは、鬼房氏自身が母なる大地へ、しっかりと根を下ろしている証でもあろう。原初

 的な豊かさと懐かしさを改めて思う。「青山河」が一句を解放した。

                                         (柿本 多映)



  『昭和四十三年作。 私は一穂の、あるいは一粒の麦にさえ大地を感じる。私はいつも

 麦というものを通して、ここに生まれここに育った母なる土を実感して来たようである。私と

 いう忍従の北方型の血がそうさせるのだろうか。梅雨まえの青一色の山野に、ここだけが

 黄熟黄褐色の熱気がこもる。麦秋というもの。

  立ち尿る農婦が育て麦青し    昭和28

 の作から十数年を経て、ふと口をついて出たこの句で、私はようやく何かを摑み得たよう

 に思い、そしてこの句をもって私の俳句の命脈がたとえ尽きたとしても、悔いはないとさえ

 思ったものだ。生産の大地感覚。そして成熟がもたらす凄絶な生と死と。』 (自作ノート 

 佐藤鬼房)

  私が小熊座へ入門する以前にコピーした「佐藤鬼房集」の中の一文である。すっかり古

 びたその綴が何の句集から抄出したかも忘れた。だが私の大切な宝物である。

  出自は古事記の中の物語で、食物の神大おおげつひめのかみ気津比売の神の体から

 次々と穀物が生え陰からは麦が実ったという思想。そしてこの句の陰に生ったのは鬼房

 自身である。「陰」という日のあたらない、人目にもつかずに隠され、悲哀と情愛をたっぷ

 りとたたえた場所。その思いの深さ生の尊さを指し示してくれる。今あちこちと旅をしてみ

 ると、人知れず大地に生き継ぐ者の尊さが、よくわかる気がするのだ。

                                       (佐々木とみ子)



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