小 熊 座 2011/1   №308 特別作品
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      2011/1   №308  特別作品


          もつてのほか      津 髙 里永子


    天気予報はづれもつてのほかに雨

    上流の空晴れてきし鮭番屋

    濁流の浅瀬に渦や鮭遡上

    堰とめて鮭獲るつるべ落しかな

    鮭漁や中州の木々の雨に透く

    鼻曲り鮭の身震ひせし水輪

    人声に人影に雨鮭番屋

    欠航の海猫の港となりにけり

    塩引の鮭を寝かせてある白さ

    雨かかる樽かたはらに鮭捌く

    乾鮭の目のなき闇に向ひけり

    乾鮭のにほひ満ちたる灯なりけり

    突つ立てし鉤の高さの鮭番屋

    硝子戸の硝子のゆがみ藪柑子

    向き向きの立札に山眠りけり

    人工のみづうみに半枯れの蓮

    ひつぢ田の白鳥に雨熄みにけり

    血の気ひく色ゆふぐれの紅葉山

    銀色の鶴が飛びゆく杵と臼

    踏み締むる雨の落葉のひかりかな


          陋宇小吟        野 田 青玲子


    医の陰画(ネガ)の裏に飛び火の曼珠沙華

    酔芙蓉夢二が描きし黒船屋

    ユトリロの眼で見る白亞鵙のこゑ

    観音は巨巌の生まれ薄紅葉

    鵙高音時効まで後一時間

    凩の影が羽ばたく我が位牌

    寒燈の五右衛門風呂に浮く素首

    去年今年漏刻の砂我に言ふ

    弔辞読む白息死者に追ひ縋り

    深雪晴ゴンドラ駅を孤城とし

    百千の蜂が巣を発つ黒き炎よ

    涅槃図に鯨を探す乱視かな

    暑気兆す回り舞台の地下轆轤

    黒南風や沖に顕ち来る雨の脚

    花擬宝珠つんつんと月欠け始む

    黴の辞書開けばまざと「淫」一字

    半夏生便座の上を地震過ぐ

    羽抜鶏昼酒醒めてゆく慕情

    月山の重みに崖の清水噴く

    孑孑に血の一滴を落とし遣る


          真 鯉          吉 本 宣 子


    一心に歩けば桜満開に

    菊戴旅の時計のけふは二時

    竹の秋猫ひややかに振り返る

    晩夏とは十五少年漂流記

    みそ豆の弾みやまねば黄泉へ抜け

    女坂僧の香もある茨の実

    鬼房を訪へば黄葉してくるや

    木の瘤を育て林檎のつやつやす

    坪庭は秋の山へと続きをり

    素顔なる観音立像水の秋

    禹門また奈落とおもふきりぎりす

    神鏡のまつただ中にみかん山

    いうれい茸法然正人生誕地

    国栖人にまつたし月の瓔珞よ

    法然にわれの辺に落つ木の実かな

    みささぎの杉より雪の始まりぬ

    白鳥のさざ波なして来たりけり

    寒の水真鯉ばかりに日が照りて

    白鳥は白寿の母と思ひたり

    白鳥の悪声死後の如聴けり


          残照の岩        渡 辺 智 賀


    晴れてすぐ曇る峠やすがる虫

    北限の雨乞(あまご)の柚子や戻り橋  北限の柚子自生の地

    澄む水の鯉の欠伸と雲の影

    垂直の岩場の残照鳥渡る

    藁塚や誰かが父の腰たたく

    白い風生るる湯治場くれのこる

    ビードロの壜草の花いよよ濃く

    峠路の暗し水音山薊

    湯治場へ月が降りくるハロウィーン

    湯治場に敷松葉ありななかまど

    秋夕日登り窯の煙り見ゆ

    夕ぐれの風に傾く烏瓜

    立冬の湖うつすらと昼の月

    葛の実や靴の先から日ぐれくる

    白雲の眞下に蕎麦の花盛り

    阿武隈川(あぶくま)に櫂の音する秋燕忌

    阿武隈の風に雫れて実むらさき

    頂上のふところ深く野紺菊

    立冬の杭打つ音や水の皺

    葛の花風の別れとなりにけり


          初 雁          佐 藤 み ね


    初雁の棹の乱れて空くぼむ

    畦道のさびれて深む雁の空

    暁へ飛び立つ雁の羽かるし

    樹の声に雁の応える空となり

    白鳥のゆっくり飛びし父の忌なり

    鳥集う湖に秋日の溶け込みて

    鳥の影渦巻く沼の秋の暮

    錦木と鳥の影濃き水面かな

    かまつかや羽音するたび色づきぬ

    水面突く鮭の背鰭の並びゆく

    鮭かえる川やわらかく光りけり

    濁流へ簗のかかりて鮭の影

    月かげを砕きて魚の帰り来る

    簗かかり鮭の背びれの乱れ初む

    星曼陀羅鮭の音する捕獲器よ

    月招く依代となる芒かな

    やわらかな川面のひかり芒へと

    花芒ふわふわと陽を包みけり

    川岸に日溜りのあり枯すすき

    枯すすき陽の温もりを留めおり

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