小 熊 座 2011/2   bR09 小熊座の好句
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    2011/2   bR09 小熊座の好句  高野ムツオ



    自動ドアいくつ潜れどみな枯木        千田 稲人

  一読、なぜか荒涼たる思いにとらわれる。それはまずドアの先にあったのが、すべ

 て枯木であったからである。さらには、そこに至るまでに潜ってきたものが、すべて自

 動ドアであるせいである。この奇妙なものがこの世に出現したのは、なんとギリシャ神

 話の時代。アレクサンドリアのヘロンという数学者が発明したらしい。紀元前の昔の

 ことだ。日本では昭和初期、航空母艦の格納庫の一部の開閉用として作られた。同

 時期、山手線の電車や銀座のビルに設置され、しだいに普及するようになってきた。

  しかし、自動ドアという不可思議な代物は、どこにもある現代になっても、どこか現

 実離れをしている印象を保っている。それは、扉が意志をもって開き、人を、現実か

 ら異界へと誘う働きがあるかのように感じられるからだ。つい最近までSF映画などに

 近未来を思わす小道具としてずいぶん使われてきたせいもあろう。ドラえもんのどこ

 でもドアも、ハリーポッターが魔法の学校へ行くときの駅の煉瓦の壁も、みな見えない

 自動ドア。かぐや姫が月に帰る際の襖もそうだ。昔話「見るなの座敷」の開かずの間

 も、その襖の魔力で、人をもって、人の意志とは別に襖を開かせた。俳句においても

 そうだ。高柳重信の「月光旅館」のドアは、確かに見えない自動ドアそのものであった

 はずだ。つまり、自動ドアとは人を異界へと誘う入口なのだ。人は、その生のいずくか

 で、知らず自動ドアの先の空間へと迷い込む。この句の荒涼たる思いは、そうして異

 界へと何度も足を運んだが、実は、いつもそこは、現実と同じ、ただの枯木だけの世

 界だったとの醒めた認識のせいだ。しかし、落胆しているわけではない、ただ異界も

 また現実と同様の世界であったという事実を改めて自己確認しているだけなのだ。ど

 こにも枯木以外の世界は存在しない。しかし、枯木には、来るべき春がある。つまり、

 人が生きるということは、その永遠にやって来ない春を枯木とともに待つことに尽きる

 と、言外に示している句なのだ。

    鮭騒ぐ佐々木更三生誕地           平川よし美

  佐々木更三は宮城県本吉出身の政治家。小学校もろくに出ておらず、苦学の末大

 学を卒業した。戦後、日本社会党の旗頭の一人としてがむしゃらに政治の道を走っ

 た。その思想や行動は賛否あろうが、時代の匂いを濃厚に感じさせる政治家だ。「鮭

 騒ぐ」が、その生き様の対比として秀抜。生死を懸けて遡上する鮭の顔が更三の顔と

 重なってくる。

    この星のけものとしての息白し         鯉沼 桂子

  けものはむろん自分のこと。犬との散歩中でも、捕獲された熊を見ての場面であっ

 てもよい。息の白さは、地球に生き生かされてある、その証なのである。



  
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