小 熊 座 俳誌 小熊座
高野ムツオ 佐藤鬼房 俳誌・小熊座 句集銀河星雲  小熊座行事 お知らせ リンク TOPへ戻る
 
  

 小熊座・月刊 
  


   鬼房の秀作を読む (10)      2011.vol.27 no.314



     やませ来るいたちのやうにしなやかに          鬼房

                                    
『瀬頭』(平成四年刊)  

  「やませ」(山背)は、オホーツク海気団より吹く、冷たく湿った北東風または東風のこと。

 春から秋にかけて、特から秋にかけて、特
に梅雨明けの後の夏季に吹く場合が多い。言う

 までもな
く、佐藤鬼房の住む東北地方の太平洋側も、この範囲内にある。掲出句〈やませ

 来るいたちのやうにしなやかに〉の
ポイントは、当然ながら、その「やませ」が「いたち」の

 ように「しなやか」であると主張していることだろう。「やませ」が鋭く柔軟な「いたち」に模さ

 れたのは、佐藤鬼房
の詩精神が、鞭のようにきわめて「しなやか」である証佐だ。とはいえ

 「いたち」は可愛く小さな体ながら、相当
に隠微で凶暴な肉食獣である。自分よりも体の大

 きなニワ
トリやウサギなども、貪欲に捕食する。時に地を這うように、非情な冷害のダメー

 ジをあたえる「やませ」の喩えと
しては、十分説得力がある。この作品は、「やませ来る」

 とやや重い措辞で始まるものの、全体的には柔らかく明るい先鋭な内容を獲得した。それ

 は偏に「思想を薔薇のよう
に」、という詩の最も重要な根幹部分を知悉する佐藤鬼房なら

 ではの卓越した技であろう。〈吐瀉のたび身内をミカ
ドアゲハ過ぐ〉(『鳥食』)、〈ブルートレ

 ーンのスパークを
あびしろながす〉(『瀬頭』)、そして掲出句〈やませ来るいたちのやうにし

 なやかに〉(同)の三句は、今後も私の脳内の奥深くに刻印され続けるにちがいない。

                                          (須藤  徹)



  句集『瀬頭』所収。この句の前後に「やませ」を詠んだ
十三句もの連作が並ぶ。そのなか

 で具象的なイメージで詠
まれた句に

   折石は禱る石柱やませ風

   (ネット)もてやませを濾してゐる部落

   結飯(むすび)二個の幣に夜通しやませ吹く

 などがあり、やませを忌み恐れる村里の実景が、その地固有の呪物のイメージを伴い身

 に沁みる痛みをもって迫る。

  そして、掲句の次にくるのが

   やませ入りこむ内陸へ内臓へ

 の句であって、「内臓へ」の措辞で「いたち」の出てくる感覚的根拠がわかる。

  やませ――夏季、陸奥の沿岸に吹き寄せる陰湿な風、昔から稲をはじめ農作物の凶作

 を喚ぶ風として恐れられる
が、その風が鼬という、夜行性で鶏などを害する、しかも血を吸

 うのみで捨て去り、その分大量に殺して惨害を与え
る凶獣であり、天敵の犬や狐などに追

 い詰められると強烈
な悪臭を放って逃げ去るという、どう見てもあまり好感の持てない動

 物に喩えられる。このやませ=鼬が「しなやか」に内陸から人の内臓にまで忍び入るので

 ある。

                                         (増田 陽一)




                          パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
                     copyright(C) kogumaza All rights reserved