小 熊 座 2012/6  №325 特別作品
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      2012/6  №325  特別作品


         雪 兎         渡 辺 規 翠


    何処迄も続く青空冬椿

    生きるのは辛いだらうが雪兎

    趺坐仏に声あり春を間近かにす

    春が来る兆しギターの高音部

    料峭の風を集める久那斗神

    ぶらんこに光の春が乗つてゐる

    ピツコロは鳴らすな雁が帰るから

    泣き虫の蝶飛んで来る震災忌

    姥捨山を逃げて来たのか春の猫

    亀鳴いて赤子が泣いて雨の村

    切株と仙台平野つばくらめ

    養花天志功の女神翻る

    かげろひに赤い女が立つてゐる

    摺子木に母の手の跡木の芽和

    翳持たず行き違ふ鳥西東忌

    行く春の埴輪に映る人の影

    初夏の風が生まれる弥生土器

    神話から逃げた紋白蝶が来る

    滅びゆくものに声あり花ミモザ

    余生とは限りあるもの聖五月



        桜の闇         郡 山 やゑ子


    臨月の女踏みしめし春の土

    黒百合のこころが読めず読まずゐる

    亭々と御座す老樹や夏立ちぬ

    決すればさもありなんと桜散る

    生意気と言ひて言はれてチューリップ

    桜舞ふ便箋に愛埋もれゐし

    摩滅せし文字を撫でゐる春日かな

    母の掌の太巻き寿司や山笑ふ

    アネモネに大人の事情ありにけり

    思はざる人に小突かる草いきれ

    春光をたぐりよせたるボンネット

    今更の親知らず歯や暮の春

    吾が吾れを追ひこんでゐるアマリリス

    詫入りし車輪の下の犬ふぐり

    花万朶空あをあをと弱音吐く

    心中を繕ひをりぬ桃日和

    アネモネとやうやく友となれたる日

    しんがりはボタンザクラの勾当台

    太陽の欠片桜の闇に落つ

    カンパニュラ小さな秘密揺れてゐし



        手術決意        安 海 信 幸


    無造作な金具のボルト冴返る

    看護師の春風連れて来たりけり

    脊柱の手術を決意大石忌

    いく日の病院食や鳥雲に

    若布汁手術日いよよ近づきぬ

    麻酔てふ針脊柱に水温む

    看護師の検温の声水温む

    妻帰る足音消えぬ春の暮

    胸に傷腰に大傷四月馬鹿

    寝付かれぬままの心房春の雷

    古傷の心房粗動春の闇

    春夕焼我に火事場の馬鹿力

    雪解雫退院間近の音すなり

    退院の日取り決まりぬ木の芽時

    手術後の歩行試しや西行忌

    病棟を一日一周草青む

    退院と医師に告げられ春の暮

    病室に妻の来ぬ日や入園式

    退院のあとの遊び場春の空

    退院の杖離したる日永かな


        カチューシャ       神 野 礼モン


    夕日影白鳥の声流れゆき

    春雪や肩に凭れし母がいて

    春の虹カチューシャにして逝きにけり

    父母の天に在しますリラの花

    遠汽笛塩竈さまの梅見頃

    神の島に屏風(ひんぷん)ありてすみれ草 沖縄・久高島

    前向きに生きてゆこうよ沈丁花

    スイートピー離れたくない人のおり

    胸の内話せぬ都忘れかな

    ひょっとこの面を被りて山笑う

    陽炎は一途に野原に触れている

    春眠の覚めて鯨のような雲

    「てんでんこ」という教訓や地虫出づ

    小糠雨柳の糸の縒れしまま

    津波ありし野蒜に桜貝一つ

    あの日まで住みいし証黄水仙

    被災地の風の行く先黄水仙

    被災地の芍薬の芽の確かなり

    爪先に風の集まる桜冷え

    陽も雨もすべてが命新樹光



        大遠忌         足 立 みつお


    登りつめ京本山の冬隣り

    身に入むや再び総長の席に付く

    俳僧も遠忌に花の一句添へ

    親鸞忌俳総長も選者入り

    句仏句碑虚碧を結ぶ花の雨

    花の雨傘もいく重に句碑除幕

    句碑除幕果てて人無き花の雨

    句碑披き花の絵巻よ枳殻邸

    春嵐渉成園の大句会

    句碑除幕終えし余韻の花の庭

    春光や祝五十年山の宴

    坊守と坐す本山の花冷えて

    坊守を倶してお山の花の宴

    白書院閉ざす会食春障子

    山の許可七弁牡丹紋白の

    屋根替や素屋根の包む阿弥陀堂

    新鐘のひびくお東京の春

    花吹雪天空に舞ふ大遠忌

    曲水の宴や句仏の世ぞ恋し

    御法主の「勿体なやの句」花曇り



        黄水仙        太 田 サチコ

            ―東日本大震災から一年―

    竜宮の音信途絶へまた春が

    潮騒は友の声とも桜貝

    眼裏に居据る津波春みぞれ

    臘梅の吐き出してゐるセシウム

    がらんどうの津波の跡や黄水仙

    春潮の陸前の空恙なし

    仙石線の途切れしままに花の昼

    たましひの宴はじまる春の闇

    魂の眠る水底くらげ浮く

    三陸の津波てんでんこ犬ふぐり

    被災地の復興いまだ新樹光

    胸奧にたたむ震災つくづくし

    言霊もたましひも乗せ花筏

    そびえ立つ瓦礫の山や竹の秋

    潮枯れし野蒜の松や鐘おぼろ

    たましひと交信してる春の燭

    日の本は不滅といふ船花こぶし

    胸張つて生きよ生きよと葦の角

    此の先も歩み続ける松の芯

    沖鳴りは祈りとなりて黄水仙



 
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