小 熊 座 2013/1   №332 特別作品
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      2013/1   №332  特別作品


        はや来る冬・下総        増 田 陽 一


    はや来る白鳥白き虹たてり

    手賀沼の微妙に凹む初時雨

    見通しの効かぬ沼水鮭迷ふ

    大利根と手賀くぐり来て迷ひ鮭

    草紅葉軌条を埋めて鰭ヶ崎

    一茶句碑ありよれよれの赤蜻蛉

    複数の死が擦れ違ふ秋桜

    枯向日葵に見られて柩通りけり

    極端に枯向日葵の俯けり

    茶の花の白きを辿る夢の中

    青光り冬蝶となるルリタテハ

    枳殻に幼虫寒く残りけり

    青葱の長針短針時よ止まれ

    垂直の影の両断冬となる

    枯蔓を引き摺つてゐる無人駅

    鉄梯を蜂の巣提げて降りんとす

    鶺鴒を踏みさうになる人のなか

    蛾の音の微かになりし夜の読書

    鉛筆を研ぐ隙もなし暮速し

    ヒメヤママユ羽化する頃のそぞろ寒



        土 間               津 髙 里永子


    紙漉きの土間なり葱が干されをり

    星いくつある越冬の天道虫

    杉山に十一月の杉の雨

    冬菊のつぼみ茶色に咲きはじむ

    末枯の川暗緑の千曲川

    綿虫になつてふたたび好かれたし

    古民家に泊まるや蒲団重く敷き

    村びとに温泉ありぬ冬銀河

    胴長のたぬき横切る夜道かな

    月冴ゆる花舗の空箱細長し

    毛糸帽密着アコーディオンを弾き

    黒米と云へどむらさき雪もよひ

    雪籠見張小屋めく部屋にゐて

    母の世の障子明りに目覚めけり

    縄が日にきらきらひかる雪囲ひ

    古民家の裏より晴れて冬泉

    雪嶺に朝のちやつかり天気かな

    干柿と干大根に見送らる

    飯山線森宮野原駅しぐれ

    穭田と山にへだたりなかりけり



        姫林檎               吉 野 秀 彦


    告白の平がな片かな秋の蟬

    へその緒のねじれ加減や鯨吹く

    野分きて硯の海の深いこと

    枯蓮武骨な骨が虚空まで

    言の葉のつながる幸よ秋天よ

    ひとり減りふたり増えなお秋の声

    この風は海からのもの秋桜

    マンモスの眠る地層や秋彼岸

    一病も二病も息災姫林檎

    フーテンは日本語のはず菊の花

    なつっこい鴉と猫の七五三

    どの線も足らぬ手相や文化の日

    かあちゃんと分けあう炒飯冬立てり

    おんころころ薬師を呼んで小春かな

    我もまた厄介ものなり一茶の忌

    人間の亜種たる矜持冬茜

    星冴えるもったいないとや我が命

    味噌汁も血潮となるや一茶の忌

    オリオンを出て羆の血に染まる

    初時雨いつでも猫はしらんぷり



        方 舟               さ が あとり


    梨切るや二十世紀は我らが芯

    うはさ一ついくさへ育つ秋渇

    相棒はとつくに死んで蟬の殻

    紅顔より白骨親し秋の風

    菊人形奪衣婆の来てはがさるる

    無花果や家ごとにある家の恥

    噺家は座布団の上つづれさせ

    国民総背番号制秋刀魚食ふ

    あげ二枚もめん一丁鳥渡る

    昆布干すこんぶのやうな帽被り

    大空を鶴が渡つてバスがない

    蓑虫は着てゆくものがなくて鳴く

    さやけしや仏像ガール山ガール

    正倉院曝涼蜻蛉がへりかな

    まだ誰もたたきに来ない埃茸

    蔓たぐり置いてけ堀を引き当てん

    試食皿どれもべつたらくされ市

    つげ櫛が椿油に漬く良夜

    長き夜や土偶は人でなく精霊

    剝製店はノアの方舟真夜の月



        冬の縁側             渡 辺 誠一郎


    送るなら熟柿をひとつ靺鞨に

    己が影に飽きては白き秋の蝶

    イチジクの裂け大阪の夜更けなり

    地の果ては後ろにありて吾亦紅

    真昼時曼珠沙華から消えかかる

    こんなにも大津絵は飛ぶ夕野分

    鬱然と大和に向かう雨月なり

    荒蝦夷駈けて白膠紅葉かな

    西行の旅塵にまみれ冬の蠅

    断崖に立つごと冬の縁側に一人

    白鳥は夜のかたちに日曇る

    人思うゆえに湯豆腐崩すなり

    大祖父の忌や一面の草氷柱

    一樹へと陸奥時雨きりもなし

    姫神山(ひめかみ)の裾に闇汁吹きこぼす

    セシウムに影ありや影の消ゆるなく

    鳥葬や骨より白きものを見ず

    最上から最上へと飛ぶ草の絮

    夏草に沈みて地祇の眠りかな

    寝汗かく蚋の生まれる夢を見て






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