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 小熊座・月刊 
  


   鬼房の秀作を読む (34)      2013.vol.29 no.338



         もしかして俺は善知鳥(うとう)のなれのはて        鬼房

                                    枯峠』(平成十年刊)

  〈善知鳥〉とは、ウミスズメ科の海鳥で、眼のすぐ上に白い羽毛を垂らすところは翁のよう

 だ。日本の北部に生息し、冬は南下する。鬼房はこの実在の鳥ではなく、おそらく能の現

 行曲「善知鳥」を踏まえて掲句を詠んだのだろう。猟師は生前、善知鳥の習性を利用して

 雛を誘い出し、殺生の罪を重ね、地獄で化鳥から酷い責め苦を受ける。殺生の罪の重さを

 題材としたこの演目には、陸奥の歌枕「外の浜」の和歌伝説や立山の地獄信仰が反映さ

 れている。鬼房にとって猟師を苦しめる〈善知鳥〉より、現世での欲にまみれて地獄に堕ち

 た猟師のイメージが強かったのではないか。

  〈なれのはて〉とは誠に自嘲的な自画像だがその思いは、〈死に場所のない藻がらみの

 俺は雑魚(ざこ)〉にも通底しており、傍観者的な眼差しを現世に執着する愚かな己に向け

 る。このような自己描写はたびたび作品となり、ほかにも〈かまきりの貧しき天衣ひろげた

 り〉〈蝙蝠はぼろ着の聖者なり日暮〉〈蝦蟇よわれ混沌として存へん〉などと生を全うしようと

 する健気な動物たちの命に自分を投影している。

  鬼房は、詩とは「自己に対して最大の誠実をちかうもの」だと述べた。「愚直」な態度を一

 生貫き、自然と自己を凝視しては、感覚的・生理的な表現で俳句という小宇宙を充たして

 ゆく。こうして詩の永遠の命題に挑み、存在の根源を求めて個の詩から普遍性を獲得して

 いったのである。

                                        (「未来図」角谷 昌子)



  鬼房は『現代俳句案内』において「悲劇的な苦渋世界を追いつめていくうちにふと滑稽な

 自分がみえてくるらしく(中略)道化的居直りの類いを私はかなり作っている。」と書いてい

 る。「善知鳥のなれのはて」とは鬼房の言う「道化的居直り」である。だが底意には厳寒の

 地で子孫を残すべく必死に生きるウトウの存在への愛情と羨望がある。そして縄文以来、

 みちのくの厳しい自然と共に暮らし続けてきた人々の存在への深い思いがある。

  善知鳥の版画を残した棟方志功に「日本の生む絵にもっと大切な、この国のもの、日本

 の魂や、執念を、命がけのものをつかまねばわたしの仕業にならない。」の言葉がある。

 「わだばゴッホになる」と志をたてた棟方における日本は、まさに鬼房におけるみちのくであ

 ろう。

  〈アテルイはわが誇りなり未草〉

 中央に屈服しなかったアテルイは善知鳥である。 

  伝説によると善知鳥は陸奥国の外ヶ浜に住み、親子の情愛が深く、その子を捕えて殺す

 と親鳥は「うとううとう」と叫んで血の涙を流すらしい。古くは、外ヶ浜は国の辺境を指す代名

 詞であり鬼の住まう地とされた。暗に中央に同化しない蝦夷を蔑視したのである。宮城県

 の足島が善知鳥の繁殖地の南限で、生殖の時期には上嘴の付け根に突起ができる。「う

 とう」はアイヌ語で突起の意味である。

                                           (中村  春)




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