小 熊 座 2017/8   №387  特別作品
TOPへ戻る  INDEXへ戻る


 










      2017/8    №387   特別作品



         蟻          𠮷 野 秀 彦


    海風や代田残らず波の中

    大股で浮かぶ蛙や夕間暮

    鼎談のひとりは饒舌茄子の花   

    燃料デブリ鳥語辞典にない言葉 

    羽蟻めく遺族専用控え室 

    大きな木陰小さな木陰屋敷売る  

    仰向けの命に軽き蟻の群  

    神谷町の地下へゆっくり黒揚羽 

    バサバサと鉄橋の影夏兆す   

    田水張る亀石動く気配なし

    畝傍山の太古の姿大西日     

    特急の着くたび灯火緑の夜  

    戻らない道は銀いろ蛞蝓   

    アポロなら月まで五日梅雨の蝶   

    橿原の御陵浮き出る緑の夜  

    大屋根の影より黒き蟻の列  

    とうすみや極楽浄土の水澄めり  

    買い物の妻の自転車南風吹く  

    2+2が4しかならず糸蜻蛉  

    ごめんねの見つかりそうな夕端居



        水の音         伊 澤 二三子


    遠巻きの霞を脱ぎし蔵王嶺

    長閑さや湖畔公園廻りゐる

    耳あてし橅の幹より春の音

    風光るアンモナイトと巨石群

    太陽の色の染みたるチューリップ

    片栗の花渉り来る風の見ゆ

    菜の花や水車の音のやはらかき

    雲雀野に雷と水の碑彫り深き

    囀りや茅葺屋根の七軒に

    花海棠水面に影を重ねつつ

    噴水の飛沫かぶりも楽しけり

    せせらぎに素足を浸す子のあまた

    野遊びやタイムスリップの水の音

    古民家に語部の吐く夏爐かな

    乳母車日傘の影を重ねゐる

    青空に波の声あり鯉のぼり

    暗がりに雨滴のひかり著莪の花

    葉桜の闇の底より水の音

    燕子花眼差し深き阿修羅像

    橋脚の水に影置く夏つばめ



        梅雨の蝶         丹 羽 裕 子


  
      鬼房小径周辺
    夏の雲鬼房の意気七句碑に

    夏草や「少年記」の碑キー坊と

    雀・蛇・旅人も好き切株は

    アサギマダラ神の使者とて向かう海

    炎昼やシオーモの小径攫われし

    青葉窓百円バスの贅沢を

      
鈴木 しづ子
    在らばしづ子白寿にならん雲の峰

    ()は遠し句は近くあり梅雨の蝶

    梅雨の星彼はどこに夜も明けん

    春蟬や電話に出でし夫の声

    蝶と化す光もあらん海へ飛ぶ

    枇杷太る母性は時に空回り

    花空木履歴書に恋の記録なし

    朝風にきらめき立てり野の新樹

    母の記憶辿りし夕べ額の花

    瀬に乗りて河鹿の高音澄む夕べ

    若葉には若葉の呼吸山に吐く

    人間に原子炉ほたるには田亀

    立葵母の背丈をとうに越し

    黴の花咲かせ神将崇められ



        水沢幻夢譚
            ―黒石寺・胆沢城址・高野長英・後藤新平・斎藤實―
                        渡 辺 誠一郎



    黒石寺結界に生る瑠璃蜥蜴

    六月の水の重さや兒啼池(こなきいけ)

    湯舟から兒啼池へと夏の月

    雲の峰蘇民袋を見失う

    貞観仏の金の剝苔の花

    青田風胆沢城址の鏃音

    阿弖流為は剛毛にして万緑

    長英の角筆の跡驟雨来る

    微運とは水を失うみずすまし

    刎頸の(ちぎり)は死後や今年竹

    獄中の詩文耿耿梅雨の底

    長英の小さき墓より黄金虫

    北に来て北に死すとも夏祓

    新平は立ち實は座る涼しさよ

    血染めとは梅雨のひかりの雫なり

    戦争を並べて暑き長机

    偉才鬼才異才螢袋に生れしもの

    半夏生留守家の墓前に闖入す

    炎より熱き鼓動の毛虫なり

    かなぶんに当たれば固き空気かな




パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
  copyright(C) kogumaza All rights reserved