小 熊 座 2018/10   №401  特別作品
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      2018/10    №401   特別作品



        紅花一匁(はないちもんめ)         阿 部 菁 女


    木苺の花もをはりぬ観世音

    ふるさとは月も草の香真菰干す

    わが翁真菰の馬を編み始む

    菜葱(なぎ)の花水の中より匂ひだす

    寺の名を黒く大きく渋団扇

    麦飯の湯気の中から父の声

    麦飯はまことに麦の匂ひせり

    摺り足で昇る朝日や紅の花

    金色(こんじき)の朝靄を脱ぐ紅畑

    蝶ひとつまたひとつ触れ紅の花

    山の日は日翳りやすし紅の花

    麦秋や手毬の中の小町紅

    塩越の青き無花果海が鳴る

    蠛蠓の無理難題をもて余す

    刈りたての青さとどめて茅の輪かな

    雨粒の玉なす茅の輪くぐりけり

    軒ごとに玉蜀黍の花けぶる

    雨あがる白いあやめのまはりから

    捩花や古墳の中の矛・剣

    夏草や百万遍の碑を沈め



        ああおおと         我 妻 民 雄


    蟇の目にまづ朝焼の雲の腹

    疑問符となり向日葵の大頭り

    イボタの木イボタロウ虫臘を出せ

    秋桜ちかづく線上降水帯

    玉音や夢声のウラナリ南瓜落つ  
徳川夢声『戦争日記』抄

    ああおおと青鳩鳴いて御嶽(みたけ)

    敗戦日ワインで祝ふ断腸亭  
『断腸亭日乗』昭和二十年八月十五日

    俳諧の日日木瓜の実はでかし

    病室にALL・FREE缶と巨峰

    柚子の木の柚子坊二頭消尽す

    魏志倭人伝はまぐりとなる雀

    皓かうと『1Q84』月二つ  俳諧の、投込みの月あれば

    父に母を付加して二行墓洗ふ

    見つからぬままの玄翁台風来

    東京に空の隘路や鳥渡る

    秋黴雨早稲田松竹二本立

    素手をもて芒折りとる無茶無謀

    かはうそに心の凝りを盗まるる

    ()に恐ろしきは人の眼鯨の眼

    あぢさゐの木乃伊を枯の一つとす



        時は流れる        野 田 青玲子


    澄む水に影を差し込むはぐれ鳥

    帽の黄が落葉風追ふ児の未来

    転舵して野分のからむ帰港船

    裸婦像にビルが立て混む黄落期

    花八つ手墓地の境を印し咲く

    氷瀑を飾る十戸の峡暮らし

    黄ばむ護符貼り放題の春隣

    青凍湖死期の孤独に耐ふるべし

    国境の駅の氷柱と灯の記憶

    雪よ降れ我が死顔を見られる日

    大勢と居ても我在り冬日の孤

    雪嶺向くもつとも低き遊女墓

    雪の面に顔埋めて我がデスマスク

    鬼房の馬車馬ねむる枯野星

    観音の視座の視点に雪うさぎ

    野の沖の春の雲までバスが行く

    行く春や長押に並ぶ祖の遺影

    三鬼忌の剃刀傷を付けたがる

    んだんだと死を諾へば涅槃雪

    天井の画龍に四つ足春の寺



        見えない鳥         佐 藤 成 之


    晴れた日は星と向き合うクローバー

    シャボン吹く海の向こうも地球なり

    夏来たるセロリのような少年と

    出窓には見えない鳥を飼う五月

    風青し乳房の先に☆マーク

    レコード盤返す乳房梅雨湿り

    冷蔵庫夏の扉となっている

    夏蝶の翅の向こうの白夜かな

    天国の渡り廊下である虹は

    フライパン焦がして終わる夏の恋

    砂浜はこぼれた時間夏の果

    秋の日と等身大の水たまり

    するすると月より降りてくる水夫

    三分で終わる一曲木の実落つ

    骨になるまで団栗を拾いけり

    ピロシキを割れば木枯色の街

    コンビニの袋に詰める寒さかな

    振り向かず三十年の大嚔

    目覚ましを先に起こしてやる四日

    この先に別れ道あり春の雷