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 小熊座・月刊 
 


   鬼房の秀作を読む (98)      2018.vol.34 no.402



         大ひでり吾が前に馬歯をならす          鬼房

                                『名もなき日夜』(昭和二十六年刊)


  鬼房は二十一歳で徴兵され、五年後、スンバワ島で敗戦を迎えた。その時の、「濠北ス

 ンバワ島に於て敗戦」という前書の付された句群中の一句である。

  掲句は、戦争に対する主張を旨としていないだろう。勿論敗戦直後なのだから、そこまで

 冷静なはずもないが、後年の〈月光とあり死ぬならばシベリアで〉(『地楡』)などをみても、

 鬼房の戦争俳句は、批判よりも、むしろ自身の個人的な体験や感慨に帰着するようだ。

  さて、掲句では「大ひでり」の茫漠としたイメージの中に、突然「吾が前に馬歯をならす」と

 いう鋭い描写が割り込んでくる。「歯をならす」のは威嚇の意か、或いは、馬は匂いを嗅ぐ

 ときに歯を見せるというから、どこか神経が昂ぶっているのかもしれない。これは、敗戦後

 間もない鬼房に残る興奮を意識させる。「吾が前に」とは随分な迫力だ。措辞の密度も濃く

 馬、そして鬼房の息遣いが一句に刻み込まれているようだ。

  「大ひでり」は眼前の風景のみならず、作者自身の胸中のかわきにも通じる。二十代前

 半を戦争に費やし、立ち尽す鬼房。〈青年へ愛なき冬木日曇る〉(『夜の崖』)は、潤いある

 青年期への憧憬だろうか。この虚無感は〈 かさぶたの戦後老いたる櫓のしきり 〉(『地楡』)

 というように、生涯、鬼房に付き纏ったと思えてならない。

                                         (小山 玄黙「群青」)



  第一句集『名もなき日夜』(昭和二十六年刊)の「虜愁記」より。前書きに、濠北スンバワ

 島にて敗戦十四句とある。終戦時、インドネシアの同島で捕虜生活に入ったが、親日的で

 あったし、所属していたのが輸送隊だったので、かなりの隠匿物資(タバコなど)があり、食

 料も困らなかったようだ。オランダと豪州の連合の軍に監視されていたのだが、ゆるやか

 で、原住民とは、物資を食料品と交換するなど、割合のんびりした捕虜生活だった。鬼房

 は「シベリアなどと違って恵まれていました」と語っている。このせいか、鬼房は、極寒地の

 シベリアで辛酸をなめた兵には、いたく同情していて、〈月光とあり死ぬならばシベリヤで〉

 という句を詠んでいる。

  さて掲載句、収容所の周辺には馬や牛がいたようだ。〈捕虜吾に牛の交るは暑苦し〉とい

 う句が少し前にある。健康を害していた捕虜鬼房にとって、生きものはおおいなる慰めであ

 ったに違いない。馬は人の感情を理解する。歯を見せるのは笑っている時だと言う。この

 時は「大ひでり」とあるから、南方特有のスコールの恩恵が、たまたまなかったのであろう。

 普段は馬にたっぷり水や飼葉をやっていた筈である。虜囚とはいえ畑仕事もやっていたら

 しいから、あり得る景で、この句は馬に水をねだられている場面かも。馬の世話は鬼房の

 息抜きのひとときだったのであろう。

                                              (栗林  浩)





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