小 熊 座 2019/1   №404 小熊座の好句
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    2019/1   №404 小熊座の好句  高野ムツオ



    松明あかしばさと崩れて闇揺する      植木 國夫

  「松明あかし」は福島県須賀川に420年前から続いている火祭で、このたび改訂さ

 れた角川の『俳句歳時記』に季語として採用された。日本三大火祭の一つとも言わ

 れ、巨大な松明三十本が市内を練り歩いたのち点火される。伊達氏に降伏を迫られ

 た二階堂氏の家臣や領民が松明を持って山に集まったことに発祥し、のちに滅ぼさ

 れた二階堂郎党の霊を弔うため続いたとのことだから、盆火と同じ死者追悼である。

 「伊達の墨塗」も福島県の小正月の行事として角川の『俳句大歳時記』に掲載されて

 いる。行事の季語が京中心となるのはやむを得ないが、発行部数の多い歳時記に

 地方の行事が掲載されるのは歓迎すべきことである。反対に行事そのものが廃れて

 不掲載になる場合も少なくない。宮城県塩竃で続いていたという小正月の行事「ざつ

 とな」は古い角川の「図説俳句大歳時記」にはあったが「俳句大歳時記」からは削除

 されている。宮城県奥松島の小正月の「えんずのわり」や東和町米川の初午の「水

 かぶり」など、歳時記には掲載されていないが、今も続いている行事の季語として詠

 い継ぎたい。大手出版社の歳時記に掲載されるかどうかは、季語であるかどうかと

 は別のことで、それほどこだわることはない。歳時記に収録されなくとも、季語として

 通用する言葉はたくさんある。可能であれば、たとえば一昨年刊行された『沖縄歳時

 記』のように、その土地その土地の風土が反映された歳時記が地元で作られること

 が望ましい。宮坂静生氏の「地貌季語」の掘り起こしの仕事は、そうした意味からも

 貴重な仕事なのである。宮城県の『宮城県俳句歳時記』が刊行されてから、すでに3

 5年以上経つ。

  句の鑑賞がおろそかになってしまった。「闇揺する」が松明の巨大な姿を目前にさ

 せてくれる。戦国の世の戦死者が蘇って来ているようだ。

    足穂忌の噴火口見せ昼の月        増田 陽一

  独自のエロス論『少年愛の美学』で知られる稲垣足穂の忌日は十月二十五日。世

 話になった佐藤春夫を罵倒し、小林秀雄を「ニセ者」と切り捨て、自分を評価してくれ

 た三島由紀夫さえ冷たくあしらった妥協を許さない世界観と信念の持ち主であった。

 アルコール中毒、ニコチン中毒に罹ったこともある。文壇から長く遠ざかりながらも

 『足穂大全』が刊行された昭和四十年代、一躍タルホブームが起きた。掲句の噴火

 口だらけの昼月。クレーターのことだろうが、実際、月には火山性のクレーターもある

 そうだ。まさに天体好きの足穂の横顔である。大正時代に刊行されたモダンな一冊

 『一千一秒物語』には月や流星が頻繁に登場する。こうしたためているうちに再読し

 たくなってきた。

    銀山の凍蝶として鉱婦ゐし          中村  春

  銀山といえば石見だが、東北にもいくつかあった。秋田の院内銀山もその一つ。辞

 書に「坑夫」はあっても「坑婦」はない。しかし、女性や子供も鉱山労働に就いていた

 のは事実だから、「坑婦」という表記があっていいだろう。男女差別を気にして「坑内

 作業員」では俳句に不向きだ。鉱山従事は罪人にその仕事を与えたぐらいの危険か

 つ厳しい労働。そうした仕事に就かなければならない女性を凍蝶と捉えたところに作

 者の優しさがある。

  翅が銀の原石のようにきらめく。

   福島の福や背高泡立草            一関なつみ

   吠ゆることできず狐火あまた寄る       小田島 渚


  この二句にも虐げられたものへの愛が込められている。





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