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 小熊座・月刊  


   2019 VOL.35  NO.408   俳句時評



      八年目の「震災詠」考 ⑶
            ―どんな文学的主題が掴み出されたか

                              武 良 竜 彦



  文学は合〈目的〉的な産物ではない。俳句もそうである。おいしいオムライスを作ろうとし

 てオムライスを作るようなものではない、という意味である。ある文学作品から多くの読者

 が細部は違うが同じような感銘を受けたとする。だが、作者は最初からそのことを表現しよ

 うとしてその作品を書いたりしない、ということだ。文学とは、作者にも創作の時点では自覚

 されていない、まだ言葉を与えられていない何かに向かって、突き動かされるように表現す

 る奥深いものだ。俳句総合誌などが「被災者に励ましの一句」をなどと募る行為や、それに

 無自覚に応募してしまう行為が、非文学的に感じられる理由は、その合〈目的〉性にある。

  この視座への反論として、俳句はそのような意味での文学ではなく、「挨拶句」というよう

 な言語作法を持つ特殊な文芸である、というものがある。

  ここで言及していることは、そのような「俳句作法内的俳句論」ではない。俳句表現がそ

 のような「特殊な作法」を伝統的に持つものだとしても、文芸の一つである俳句も、吉本隆

 明がいう直截的な意味作用だけで機能する「指示表出」ではなく、表明した言語の指示す

 る意味を超えた何かを表現しようとする、「自己表出」的な表現・伝達機能を有するもので

 ある。そのような意味で、どんなに特殊であろうとも、「俳句も文学である」ということから免

 れ得るものではない。震災詠問題の核心はここにある。

  文学は存在の諸相から作者独自の文学的主題を掴み出そうという、創作的意思によっ

 て生み出される。では震災詠において、俳人たちはどんな文学的主題を掴み出そうとして

 いたのだろうか。

  『俳句』の2012年1月増刊号「俳句年鑑」(2011年9月まで) 「諸家自選五句」 694名

 3470句中の震災詠は103名182句だった。ただし、震災時事用語を直接使用していな

 い俳句の場合、震災詠かどうかの判断は困難だが、私の独断で選出分類した結果の数字

 である。

  その中で独自の視座が感じられる俳句を詠んでいた一例を次に再録する。

   国難のたびに英雄青あらし          柴田佐知子

   地震あとのあたたかき日に爪を切る     大屋 達治

   天の川地震つづく夜は抱かれたし      穂坂 リエ

   なゐの国非軍のさくら北上す         鈴木  明


  続けて、一年後の年鑑で、その後の震災詠がどう変化したか。『俳句』年鑑2013年(20

 11年10月から2012年9月)「諸家五句」671名3355句の中の震災詠は15名25句、

 原発事故詠は22名29句、合計54句に激減している。震災に高い関心を寄せ続けた俳

 人に絞られてきたこともあるが、前年より表現内容の文学性が向上しているように感じられ

 る。より深く内面化して、表現が深化したという見方もできるだろう。次に独自の視座が感じ

 られる俳句を再録する。

   陽炎も瓦礫もわが身より湧くか        齋藤 愼爾

   瓦礫の町虹よりも人消えやすく        室生幸太郎

   落葉「スベテアリエタコトナノカ」        大井 恒行

   げんぱつはおとなのあそびぜんゑいも    高山れおな

   セシウム降り積み母は葱畑に小さし     藤野  武

   つばくらめこの国に子を産み継ぐか      山下知津子


  大井の「落葉」の句は原民喜小説『夏の花』で、原爆投下直後の光景をカタカナ書きの詩

 のようなフレーズで描いた部分を踏まえた句だ。他の句も独特の言葉を与えている。『俳句

 年鑑』2012年版掲載の西村和子、対馬康子、小川軽舟による合評鼎談総集編「今年の

 秀句、そして諸問題」の「震災が私たちに問うたもの」における三氏の発言はこの年の俳句

 界の代表的な見解と見做してもいいだろう。先ず「俳句に何ができるか」を突き付けられた

 という認識が表明されている。「この震災は俳句が試されているんじゃないか」と思うに至っ

 たという心情の変化が語られている。高野ムツオの俳句に震災に真正面から向き合う姿

 勢を感じたという。また先の「阪神淡路大震災」の体験が想起されていて、その時、他の文

 学ジャンルほど俳句がそのことを詠めなかったことから、今回は逆に表現への義務感・使

 命感のようなものが俳人たちにあり、その思いが共有されていたことを指摘する言葉であ

 る。対馬は 「俳句は認識の詩」 「認識を象徴的なことばで表す詩型が俳句」と言っている。

  この視座に従うならば、作者の数ほどの多様な「認識」と表現方法として表れるはずであ

 る。だが、「励まし」と日本の伝統的精神文化である「無常観」などの類型表現が多数を占

 めたのは、ある種の限界を感じざるを得ない。

  その中で、震災体験俳人たちは独自の文学的主題を掴み出そうとする表現に挑んでい

 た。

  その中の一人、永瀬十悟の『橋朧』については前々回触れたので割愛する。その永瀬と

 同じように、被災現場から圧倒的なリアリティを持つ表現を成し遂げた照井翠の『龍宮』か

 ら。

   双子なら同じ死顔桃の花

   寒昴たれも誰かのただひとり

   空蝉のどれも己に死に後る


  照井は被災直後の現場にあって、目にするものすべてが発狂しそうになるほどだったが

 俳句という表現にしてゆくことで、やっと正気が保たれていたのだと思うというようなことを

 述懐している。単なる悲嘆を突き抜けた「命」の諸相を表現し切っている。そこで獲得した

 文学的視座による深い思考は、近著『釜石の風』に収斂し継続している。

  もう一人、渡辺誠一郎の『地祇』から。

   地球にも拍動のあり犬ふぐり

   美しき被曝もありや桃花水


  地震は、地の拍動と捉え返され、津波は地と邂逅を繰り返す時間の中に置き直されてい

 る。渡辺の父の郷里は福島である。「桃花水」とは雪解水であり、春の川の水量を増す水

 である。その「美しき被曝」と詠まれる。直接的な詠嘆俳句と一線を画す表現である。

  以上のように、被災体験者である俳人たちの震災詠には、表現に向かう必然性、表現を

 内的に支える文学的強度が感じられる作品が、この他にもたくさんあった。




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