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 小熊座・月刊 
 


   鬼房の秀作を読む (116)      2020.vol.36 no.420



         いねし子に虹たつも吾悲壮なり
                       
          鬼房

                                   『 夜の崖 』(昭和三十年刊)


  第二句集 『夜の崖』 所収。鬼房は三十代初め。二人の娘を持つ(後に長男誕生)若い

 父であり、無心に眠る幼いわが子を見て、前途に 「虹」 が象徴する希望を持とうとする。

 一方で、同句集には 〈子の寝顔這ふ蛍火よ食へざる詩〉 があり、生活の困窮は容赦なく

 鬼房を襲う。「も」の措辞が 「そうではあるが」 という否定の意を含み、哀切を伴う。

  年譜によれば、鬼房はこの年の春に胆嚢を病み入院している。苦境にありながら、なお

 妻子を養わなければならない重圧に押しつぶされそうになっていたろう。その真率な心情

 が 「悲壮」 の一語を選びとった。ただただ悲しみに心を痛める 「悲愴」 ではないことに留

 意したい。 「悲壮」 には辛く悲しい中でも勇気をもってそれに立ち向かおうとする健気さや

 気概がある。一家の大黒柱として逆境に負けまいとする鬼房の心情が痛いほど伝わる。

  まだ日本が貧しかった頃、男親は一家の家長として重責を担い、女親には持ちえない深

 い孤独感や哀しみを背負った。豊かになった現代の若い父親は優しくはなったが、これほ

 どの苦悩や覚悟を持つことはない。けれども、ひとり親の家庭はどうだろう。特に経済的に

 も精神的にも苦しい状況に置かれるシングルマザーは。貧困はいまだ解決せず、むしろ

 格差は広がりつつある。自らの生を厳しく刻印した鬼房俳句は、今も弱者に寄り添い、普

 遍性を有する。

                                        ( 駒木根惇子 「麟」 )



  句集 『 夜の崖 』 には全巻に通底する厳しさがある。先ずその巻頭句 「 怒る屋根極彩

 をもて蝶に対く 」 からして異様な衝撃をはらんでいる。少しあとに掲句はあり、当時作者の

 面していた生活の状況とそれに抗して表現に集中する強靱な意志を見る。もう一つの類

 似の句にその一端が現れる。

   子の寝顔這ふ蛍火よ食へざる詩

  併し、殆どの場合、詩だけではなく創作活動では食えないのが一般であって、それだけ

 ではここにモチーフとしての苦しい生活感と共に現れる異様な詩句としての美しさを説明

 できない。その描写は苦しそうで同時に核心に触れて強靱であり、感傷の翳はない、他に

 例えば

   秋刀魚焼く深夜われらが苛烈の火

   梁寒くカフカの夜がまたも来る

  悲壮感の依ってきたるモチーフは主に生活の貧しさであるけれど、私生活だけではなく

 ビキニ環礁、戦の予感など世相の不吉な響きも加わる。掲句は 「 寝た子 」 「 虹 」 「 悲

 壮 」と殆ど互いに関係の遠い語句のぶつかり合いで出来ている。「 虹が立つ・けれども 」

 の「 虹 」とは健康に汗ばむ児の体温であり成長への期待の温かさであり、同時に生活と

 表現の谷間に苦闘する父性に滲む涙でもあるのか。

  その跋に鈴木六林男が『夜の崖』は鬼房の激しい作家精神の集積だと言う。その中にあ

 る全詩句の緊張の美しさ。

                                         (増田 陽一)