小 熊 座 2020/9   №424 小熊座の好句
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    2020/9   №424 小熊座の好句  高野ムツオ


    生き急ぐぶつかり急ぐ金亀子          中井 洋子

  「生き急ぐ」という言葉で、まず思い浮かぶ俳人に住宅顕信がいる。昭和三十六年

 生まれ。その一生は映画化された。二十代始めに仏教に傾倒。西本願寺の僧侶とな

 ったが、まもなく白血病に罹る。同棲の後結婚した妻とは離婚。この頃から自由律俳

 句にいそしんだ。しかし、病状が悪化し二十五歳の若さで亡くなる。作句期間は三年

 残された句もわずか二百八十句。それでも、〈ずぶぬれて犬ころ〉〈何もないポケット

 に手がある〉などの短律は強いインパクトを放つ。種田山頭火、尾崎放哉以来の異

 才として注目された。「生きいそぎの俳人」は彼の代名詞となった。

  掲句は、灯に誘われては闇をかいくぐり、硝子戸や壁にぶつかっては悶え狂い、最

 後は路上や庭先に仰向けとなる金亀子の姿をとらえた。夜、活動する虫の多くは月

 明かりに対して一定の角度で飛ぶことにより高さや方向を保つ仕組みを体内に持っ

 ている。紫外線に反応するらしい。月ははるか彼方にあるので虫にとっては不動の

 目印になる。ところが、近くにある人工の灯りを月と勘違いしてしまうと、灯りと一定の

 角度を保とうとぐるぐると灯りを周りだし、ついには灯りに集まってしまうことになるの

 だそうだ。かつて、街灯に限らず家の中に不意に現れる兜虫や金亀子も同様であっ

 ただろう。金亀虫は闇という絶望の中で一縷の希望を求めて生きる顕信の姿に重な

 る。

  その「生き急ぎ」を虫ではなく馬に仮託したのは摂津幸彦。〈生き急ぐ馬のどのゆめ

 も馬〉が思い出される。生ではなく「死を急ぐ」と自己凝視したのは佐藤鬼房。〈翅を

 欠き大いなる死を急ぐ蟻〉。死に至る生を生きる。晩年という人間のみに与えられた

 時間が書き留められている。

    奥六郡の残り火として蓮咲けり           蘇武 啓子

  奥六郡は律令制下における陸奥国六郡の総称。現在の盛岡市から奥州市あたり

 までを指す。かつて畿内の豪族で神武天皇に暗殺された長脛彦、その津軽に逃れた

 一族の末裔の奥州安倍氏が「六箇郡の司」と呼ばれる地位を大和朝廷から与えられ

 た。安倍氏は前九年の後にいったん滅亡する。だが、後三年の役ののち奥六郡を最

 終的に支配したのは、安倍頼時の孫で、亘理郡領主藤原経清の子藤原清衡であっ

 た。奥州藤原氏はその後源頼朝によって滅ぼされたが、四代泰衡の首桶の中に蓮

 の種百粒が残っていた。それが蓮研究家大賀一郎の手によって花開き、中尊寺蓮

 や大賀蓮と名付けられた。まさに「奥六郡の残り火」である。今夏も美しい紅色を浮

 かべているに違いない。

    どんぶりに龍が身を巻く冷房裡           渡邉 氣帝


  ラーメンどんぶりの底に渦巻いている龍。中国では瑞兆、天帝の使者である。冷房

 の効いた部屋で熱いラーメンを啜るという貪婪の極地を睨みつける龍の姿が見えて

 くる。

    花茣蓙や胞衣に引かれて笑む赤子        千葉 悦重

  胞衣を埋めに行った者がその場で笑う習俗を胞衣笑というが、仙台地方や神奈川

 県藤沢地方では、新生児が眠りながら笑顔を作ることを指す。「胞衣にすかさる」とも

 言う。胞衣にくるまっていた頃の至福の笑みの名残り。

    搔掘のごと抽斗の底曝す              須﨑 敏之

    ささらほうさら茴香の花と虫けらと          岡村 直子

    ウイルスのひたすらを賞め端居かな        竹内 葉子






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