小 熊 座 2020/9   №424  特別作品
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      2020/9    №424   特別作品



        豆 飯         平 山 北 舟


    豆飯の豆を比べし兄逝けり

    短夜を死にゆく兄の乾く肌

    兄逝きて藤房震え止まぬなり

    簡明な兄の戒名椎若葉

    遺されしテニスラケット鳥雲に

    頑なは父似の兄の冷奴

    風を得てこでまり弾む母の国

    葉桜の一目千本鳶の声

    朝ぐもりサラダは皿を溢れ出し

    去りし人も残れる人も野馬祭

    吹奏楽の子等の眼の新樹光

    顔はみ出す赤子の欠伸柿若葉

    新緑てふ言葉もまぶし山の朝

    朝涼や古びて光る床柱

    夏蝶ののぼり来るなりダムの壁

    理学部のメタセコイアの風涼し

    心太押し出す戦あるなあるな

    黒南風や魚臭濃くなる運河べり

    見えるのは鳰の浮巣か波の綺羅

    波の綺羅朝日の綺羅や浜豌豆



        揚羽蝶         山野井 朝 香


    手鏡に入ってゆきぬ揚羽蝶

    カードキーに光の重さ夏来る

    烏瓜の花の終りのテレサ・テン

    古傷のひかりはじめる短き夜

    アネモネに火傷の色のありにけり

    背泳ぎの不意に重たき空の色

    夏椿鬼房の咳の余韻かな

    石ひとつ仮面に見える星祭

    声を出す事が力に棉の花

    死後もなお色鮮やかにかなぶんぶん

    紫陽花の話などして夕景色

    翅透かし己を閉ざし薄羽蜉蝣は

    薄暑光母が寝に入る足のうら

    姉は来るはず病葉のむじな坂

    藻の花や母を探すに化粧して

    枇杷熟るるたび寂しい生家なり

    谺して時に青嶺の暗さかな

    全能の高さに泰山木の花

    黄昏の河骨音符になるところ

    黒南風のはじめは大魚の匂いかな



        リラの花        大 西   陽


    信長の櫓時計よユッカ咲く

    漆黒の闇に色あり守宮啼く

    油虫啼く満月の片隅に

    丹田に力の限り初蟬は

    童話みななべて怖ろし合歓の花

    朝顔の貌の一つが屋根の上

    真夜中は空を飛びたき熱帯魚

    二の腕の妣に似てきしリラの花

    明日はまた違ふ一日灸花

    梅雨晴れやフェイスシールド押し上げて

    水中花自粛してゐるわけもなく

    山椒魚パンデミックを知り尽くし

    ウイルスに揺らぐ地球よ麦青む

    あめんぼうやや土不踏扁平で

    アラビアのロレンスの鬱白いちぢく

    南溟へただひたすらになめくじり

    三月やアインシュタインのピアノ音

    ワルツ第六番より零れ犬ふぐり

    この星に行きどころなし犬ふぐり

    花一つ今朝に残りし烏瓜



        サクマのドロップス     丸 山 みづほ


    信濃川ゆつたり蛇行稲の花

    炎昼のバスは埃を舞ひ上げて

    バス停はよろず屋の前ラムネ旗

    風死すや人影のなき畑の道

    昼下りの庭木は挙げて蟬のもの

    瑞々し祖母の茄子漬胡瓜漬

    こはごはと覗く厩や立葵

    少年のまなこの高さ鬼やんま

    鷺草の天を仰ぎて風を待つ

    青蚊帳や子らに広がる新世界

    一つめは丸ごと嚙り蕃茄捥ぐ

    夏雲や「おーい」と呼べば小舟来る

    煽らるる祖母の日傘や渡し舟

    船頭の皺まで日焼鳶の笛

    祖母屈む野菜洗ふも竈焚くも

    鼻眼鏡の祖母の縫物青すだれ

    何は無くともきいちのぬりえ日雷

    蟬しぐれ今日もサクマのドロップス

    軍服の叔父の遺影や火取虫

    一つ星バケツに残る花火屑





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