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 小熊座・月刊


   2020 VOL.36  NO.427   俳句時評



            タロットと俳句を考えてみた

                           及 川 真梨子



  さて今回の「ぼっぽら」は、俳句とタロット占いって似てるのではないか?と感じたことを書

 いてみたい。

  きっかけは一年ほど前。関東在住の友人に実に高校卒業以来に会ったのだが、紆余曲

 折あった後に以前から興味のあったタロット占いを勉強中とのこと。せっかくなので小さな

 スペースで適当な問いをいくつか占ってもらった。私はほとんど初めての経験だったため、

 このカードはなあに?これは何をしている絵なの?などと、ざっくばらんに話をしながら進

 めていった。

  発見があったのは三度めの占いで、共通の友人の名を上げ、彼女にはどんな異性がお

 似合いだろうか(大きなお世話である)と占ったときである。一枚ずつ引いたのが、本人を

 表すカードは〈剣のキング〉、相手の男性は〈剣のナイト〉だった。

  占い手の彼女が言うには「〈剣のキング〉は知性とカリスマ性がある人。ただし強硬になる

 ときもある。恋愛の感情の盛り上がりには結びつきづらいかもしれない。相手の〈剣のナイ

 ト〉は的確な判断ができて活動的な人。同じ種類のカードが出たから、同じ方向を向いて行

 ける人が合うのかもね。」…などなど。それを聞いて私が口をはさむ。「強硬な姿勢とカリス

 マ性はなんとなく納得、彼女そういうところあるよね。でも彼女のほうが上司なんだね、彼

 女は自分のことでいっぱいいっぱいによくなるから、相手にちゃんと対価を渡さないと離れ

 ていきそう。」エトセトラエトセトラ…。キャッキャうふふと楽しく時間を過ごした。

  さて面白かったのは、前段の会話に至る自分自身の思考である。カードの意味は当然わ

 からない。だが、それを受けて解釈を広げる時の感覚が「あれ?なんだか俳句をしている

 ときと、同じ頭が働いているぞ」だったのだ。

  幾度かやってみてわかったのは、カードの絵柄それぞれには絵だけでは読み取れない

 意味があること。それを対象者の状況に照らし合わせて答えを作り出していくことである。

 上司と部下だのの考えがもとから自分の中にあったわけではない。絵柄から生じた発想が

 連想として繋がり、一つのストーリーとして紡がれていくのだ。

  一体、タロット占いの何が、私の俳句脳を使わせたのか?ふらりと入った図書館にあっ

 た、鏡リュウジ『タロットの秘密』(講談社現代新書)を参考図書にして、可能な限り考えて

 みたい。

  タロットはもともと占い用の神秘的なカードではなかったそうだ。ルネサンス期の貴族たち

 のゲーム用のカードとして発達したものであって、トランプに特殊な絵札を加えたものと捉

 えてもそんなに間違いではない。前述の 〈剣のキング〉 は 〈スペードのキング〉、 〈剣のナ

 イト〉 は 〈スペードのジャック〉 に対応できる。十八世紀後半になって占いの道具として使

 用され始めるが、十九世紀の神秘主義時代には秘儀的なものとして変化、絵柄が発展し

 1960年代のカウンターカルチャー・ムーブメントで大衆へと広がった。現在では解釈、絵

 柄、ベースとなる地域文化など、様々に展開され、受け入れられている。

  占いとしては、問いかけを設定し数枚のカードをめくり相談者の現状と結びつけて解釈し

 ていく、というのが一般的な流れだろう。カードには特有の意味がそれぞれにあるが、その

 絵はカードが作成された西洋ルネサンス期のキリスト教やギリシア=ローマ神話をベース

 としている。たとえば〈正義〉は剣と秤を持つ女性の絵、〈審判〉はラッパを吹く天使の絵が

 用いられている。

  つまり、「剣と秤を持つ女性の絵」が出たら、ギリシア神話のアストライアから〈正義〉をイ

 メージし、その正義が感情や直感によらず理性により公正・客観な解決を求めることと考

 える。もしかして直接的に法的な事柄や裁判が関係してくるかもしれない。そしてそれが相

 談者にどのように当てはまるかを読み解いて行くのだ。「恋はちょっと冷静になったほうが

 いい」なのか、「そのトラブルは法的対応を検討したほうがいい」なのか。それは他にどの

 ようなカードが出たかでも変わるだろう。

  タロットカードの絵を元に占者は第六感を働かせるわけだが、その図柄は前述の通り、

 キリスト教やギリシア=ローマ神話の流れを組むものである。それはいかに世界の主流と

 言っても、一地方の一つの考え方に過ぎない。ではなぜタロットは全世界的に普及し、今

 なお当時の絵柄でも支持され続けているのか。

  その一つの答えとなるのが、心理学者のユングの「元型論」と呼ばれるものである。これ

 はユング心理学における精神分析の柱の一つで、人は心の深層に共通する集合的無意

 識の領域を持ち、そこに民族や人類に共通の像=元型があるというもの。たとえば世界各

 地の神話や伝承には、異なるルーツを持ち、地理的・文化的な距離があるにも関わらず、

 共通のパターンやモチーフがある。各地に竜退治の伝説があったり、神話に似たようなキ

 ャラクターがいたりする。それを個人のコンプレックスや深層心理を解きほぐす鍵として考

 えたのだ。60年代にタロットを大衆へ広めたイーデン・グレイの入門書でもこのユング心

 理学の考え方を取り入れている。

    …ユングの元型論を援用すれば、人はいつの時代も心の深い部分から同じようなイ

    メージを生み出すのであるから、ルネサンス期の西洋にこだわる必要はない。そこで

    あえてタロットが成立した歴史的文脈を離れ、他の神話や伝統と比較しながら自由に

    イメージを広げていけば、今ここに生きる自分にとっての「意味」を見出すことができ

    る。(鏡リュウジ『タロットの秘密』)


  カードを鍵にして連想を広げ、今ここに生きる自分に対してどんなストーリーを描くかがタ

 ロットという占いだとすると、季語を鍵にして連想を広げ、今の私を表現していく俳句とは、

 やはり頭の使い方が似ているのではないか。さらにいえば、タロットの絵にある元型的な

 力は、自然そのものを対象とし人の五感に働きかける季語にも、同様にあると考えても違

 和感はない。これは、俳句はアニミズムであるという考え方とも一致する方向だ。

  ここまで調べて、どうやら友人との再会から得た直感 「句とタロット占いって似てる?」 は

 案外的外れでも無いのではないかと思えてきたが、当然、人によって作句のスタイルも鑑

 賞の頭の使い方も違ってくる。感覚様々である。




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