小 熊 座 俳誌 小熊座
高野ムツオ 佐藤鬼房 俳誌・小熊座 句集銀河星雲  小熊座行事 お知らせ リンク TOPへ戻る
 
  
 小熊座・月刊 
 


   鬼房の秀作を読む (125)      2021.vol.37 no.429



         ひよろひよろと烏柄杓が影を出る         鬼房

                                    『霧の聲』(平成七年刊)


  この句を読み味わうときに難しいのは「影を出る」という表現だろうと思う。烏柄杓が《影

 が掛かっているエリアから出る》ということなのだろうか。私はいろいろと考えてみたが、今

 回は仏炎苞という独特な形のつぼみから先端が伸びている様子のことであると読んでみ

 たい。

  烏柄杓はむかごを作ってどんどん繁殖し、駆除がなかなか困難なほど生命力が強い。

 「ひよろひよろ」とした可愛らしい見た目とは違って、どこか不気味な感じだ。また、直線的

 に伸びずにゆるやかにカーブして伸びてゆく烏柄杓は、まるで自分の意志ををもっている

 かのようである。つぼみの奥の「影」に隠しもっていた思いが、梅雨明け間近の「半夏生」

 の時期にゆっくりと表面化してくる。この句はおそらく写生句ではないかと予想するが、何

 かそれ以上の人間的なニュアンスが含まれているような気がしてならない。

  ところで、「ひよろひよろ」という変わった表現が使われた句の前例があるのかどうか少し

 調べてみたところ、《ひよろひよろと尚露けしや女郎花》という松尾芭蕉の句に出会った。

 芭蕉句の「ひよろひよろ」は「女郎花」と響き合って柔らかな雰囲気だが、鬼房句の「ひよろ

 ひよろ」はリアルというか、ちょっと怖い感じがする。

                                     (うにがわえりも「むじな」)



  なんて軽快ながらも哀愁を感じさせる句なのだろうか、と書きたかったのですが、私はま

 ず烏柄杓が読めませんでした。柄杓の読み方が分からず、読めないのでなんと検索した

 らいいのかも分からず、しばらく悪戦苦闘していました。そして「ひしゃく」と読むことが分か

 り、神社に置いてあるあれのことかと理解したのですが、烏柄杓は私が想像したあれでは

 なく、植物だったのでした。写真を見てみたものの、自分の頭の中に烏柄杓を見た記憶は

 残っていませんでした。

  こんな風にしてこの俳句は、私を想像力の旅に連れて行ってくれました。人間は誰しも、

 自分自身でさえ認識できないような影の中を歩いていると思うのです。それは、動物であ

 りながら自然から離れ、自らの帰る場所を失ってしまった人間が行き着いた場所です。帰

 る場所を失った人間は、常に何かに怯えて生きています。人間はいつも不確かで、いつも

 孤独で、いつも儚い。

  ひよろひよろと何の意味もなく影を出る烏柄杓と、常に意味を求める人間。違うようで実

 は似ている同じ命の営みに、私はどうしようもない愛しさを感じてしまうのです。まるで宇宙

 のような。

                                             (岡本 行人)