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 小熊座・月刊 
 


   鬼房の秀作を読む (127)      2021.vol.37 no.431



         寝袋のままで死ねさう銀河行        鬼房

                                   『幻夢』(平成十六年刊)


  「寝袋」は登山の時などに使うもので夏の季語だが、ここではその意味合いは薄く、「銀

 河行」に比重がかかっているのだろう。だが、場面の設定としては山を思ってしまう。横た

 わったまま見上げる銀河には宮沢賢治の『銀河鉄道』が走っていて、すでに亡くなった友

 たちが手をふっている。死という異次元の世界が身近なものに感じられる。見えない手が

 ふっと寝袋を持ち上げ、銀河まで運んでくれそうな気がする。山の霊気がそう思わせるの

 だろうか。中七に書かれた「死ねさう」の四文字、「さう」は推量だが、「死にさう」とは書か

 れていないので、暗いイメージは湧かない。

  山口誓子に〈死がちかし星をくぐりて星流る〉の句がある。「人は死ぬとお星さまになる」

 昔から言われてきたように「死」と「星」の連想は心情的にも受け入れやすいのだろう。『佐

 藤鬼房全句集』は平成十二年で終わっているが年譜の最後の行に〈年首尊厳死もまた然

 り死は怖し〉の俳句がある。当時、八十一歳。その四年後に書かれた前掲のものには、死

 への恐怖はみじんも覗えない。この時間の流れに興味が湧く。肉体の衰えや年齢が自然

 に生への執着を絶っていったのだろうか。それともかの世の友に応じたくなったのか。

  「死ねさう」には、ランボーの『母音』にいうOがない。つまり、青の色がないのだ。この句

 は青春からは遠い。

                                   (秦  夕美「豈」「GA」)




  去年9月1日の防災の日にめがけて、電気やガスが止まったときの防寒のために寝袋

 を購入した。夏にテントで寝たことはあるが、寝袋は初めての体験。床に広げてもぐりこん

 でみると、天井が煌めく星空だったら、などとロマンティックな気分になったのも束の間、昼

 の日中なのにぐっすりと熟睡してしまったことを掲句で思い出した。ただし、寝袋はこのま

 ま、頭の上の紐をぎゅっと締められて川へ投げ込まれたとしてもしかたのないようなかたち

 であり、何が起きるかわからない非常時には安心して寝ていられないのではないかという

 心配がよぎったのも覚えている。

  しかし鬼房は万が一、寝袋のままで死んだとしても本望だと、それを願っているようであ

 る。鬼房の青春時代は戦中戦後のさなかであったから、銀河を眺めるのも星空観察など

 という悠長な気分ではなかったであろう。また、下五の「銀河行」の「行」は鬼房の思いが

 凝縮された一文字。「旅行」「紀行」などと用いられる「行」は「たび」の意を含み、果てしな

 い銀河へ死にゆく旅ということは、裏返せば、永遠に生きるために旅立つということでもあ

 る。同じ句集に〈しばらくは揚羽と遊ぶ山河行〉という句もあり、俳句さえあれば、どこにで

 も自由に飛んでゆけて、心を遊ばすことのできた鬼房。一行のあとがき「ありがとうござい

 ました。」は突き詰めれば、俳句への感謝であろう。

                                         (津髙里永子)