小 熊 座 2021/5   №432  特別作品
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      2021/5    №432   特別作品



        光と影         伊 澤 二三子


    裏木戸に入りこんだる初音かな

    みちのくやふたたび朝に囀れる

    松の枝影絵をなせり春障子

    ふるさとの福江島なり「玉の浦」

    風光る「太極八方五歩」習ふ

    コーラスが新樹の影を生んでゐる

    耳底に玉音放送百日紅

    姉弟の競い合うたる水鉄砲

    少年のかなへび飼育夏の果

    地震あとの蛇口に影や黒揚羽

    鐘の音は鉄の匂ひや長崎忌

    眼を閉じて聴く蟋蟀の声一途

    黄落や竹石句碑の彫りの影

    養生の静かなる日々櫨紅葉

    コロナ禍の望郷の秋深むなり

    山茶花の匂ひ新たや陽の光

    裸木に濃淡のあり朝日影

    切干の籠に浴びたる蔵王の陽

    蔵王嶺を洽く照らす寒落暉

    こぼれ陽に蠟梅強き香を放つ



        燕くるころ       大久保 和 子


    大地震のあの日春雪うわうさわう

    遺体搬送ヘリごうごうといぬふぐり

    三月の海に届かぬ遺書無数

    防波堤は巨大なマスク此処何処

    円空仏の心音しづか三月来

    水かきはわが掌にもあり春の潮

    空のあを押しひろげてや鳥帰る

    喪ごころやマリア・カラスは春の雨

    コロナ禍を逝く梅の開花をうながして

    霊柩車追ふフロントガラスに風花す

    彼岸入語らふひとのまたひとり

    何れ逝くと待たせるやうに初彼岸

    開花宣言とやなななぬかをへたる日

    春月やインクなめらかなる日記

    野遊びのむかしの風に吹かれけり

    燕くるころはは産み月でありしかな

    労咳の母から生まれ古稀の春

    白髪を残して染める古稀の春

    喪に服す靴底軋む薄氷

    鶯鳴卒塔婆の文字なぞるかに



        マヨイガ         坂 下 遊 馬


    残照の雪嶺へ鳶まぎれゆく

    さざなみの夕空のあり大白鳥

    風花は万のたましひ空の奥

    軒下に夕日の匂ひ初つばめ

    海猫の声一湾に春の朝

    朧夜の儒艮の声が波間より

    マヨイガの迷い込みたる朧かな

    一角が初恋通り梅白し

    夥しき処理水タンク冴返る

    薫風や馴染みの店がまた閉ぢる

    掲揚を守る一戸や建国日

    風花や語り継ぐことまたひとつ

    水平線にのつかつてゐる春満月

    朧夜のコイン精米機の灯

    薄氷の罅の奥より波の音

    風花となりたましひの戻りたる

    蠟梅に少年の匂ひありにけり

    昼飲みの貼紙多し春の宵

    春の地震のつぺらぼうの翻車魚よ

    うららうらら除染袋の数ほどに





 
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