小 熊 座 2021/10   №437  特別作品
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      2021/10    №437   特別作品



        風 葬         土 見 敬志郞


    乳母車ゆつくり通る沖縄忌

    沖縄忌水平線が歩き来る

    滝音を胸に沖縄慰霊の日

    水音は喪章でありぬ原爆忌

    太陽へ大往生の殻象虫

    墓道を行く麦秋の光浴び

    黒揚羽飛ぶこなごなに水鏡

    改札を出て満目の深緑

    万緑や水平線と方位石

    万緑が語り出したる午前二時

    空蟬の万力のごと幹掴む

    難民の声波裏に梅雨しとど

    ワクチンの五体をめぐる梅雨深し

    活断層の青田をはしる震度六

    崖の根に津波の記憶桐の花

    山鳴りは風葬の声夕日炎ゆ

    炎天や弔旗のごとく樹が戦ぐ

    死ぬ時もひとりなりけり花槐

    吊皮のレールの軋む大暑かな

    手の平の運命線や虹たてり



        燃え殻春秋        増 田 陽 一


    梟や眠りの淵の浮き沈み

    蟇啼くや春寒の夜の鎮魂歌(レクイエム)

    赤色巨星(ベテルギウス)病むとぞ地上猫の恋

    春光やメメント・モリの啼き鴉

    森を深み緑の鸚哥零れくる

    わが路や白木蓮の散り荒ぶ

    爺とは燃え尽きる音春寒し

    雛罌粟の徑を辿りて儚なけれ

    全学連の()が猪を獲る春の山

    致死毒の貝の歯舌を沖縄忌

    巣立ち鴉の喃語止まざる朝雲

    異次元より続く幼児期沈丁花

    頁跳ぶ蝿とり蜘蛛と何語らむ

    吾を視野に枝に動かぬ夏の鷹

    巣立ちして鷹の去りたる森暗し

    海蝕洞に刻みし文字や夏遙か

    旅に睦み美しかりし窓の蛾よ

    星流る夜叉神峠の捕虫網

    「漸く解った」と独語せり西日

    擦り切れて猶霜月のきりぎりす



        二〇二一年・夏        布 田 三保子


    浅草寺右往左往の蟻ばかり

    天女の領巾を飛ばさんとして青嵐

    堂抜ける風を納涼始めとす

    紫陽花も我が信心も万華鏡

    緑陰や鳩ばかり寄る車夫溜り

    ハンカチを敷いて分け合ふ人形焼

    留まれば空落ちくるや夏燕

    クッククルルー片足の無き鳩の夏

    青梅は一つの宇宙光り出す

    老鴬の声に色付くズッキーニ

    牛にモーツァルト我には青葉木莵

    散つてより光り出すなり薔薇の棘

    十薬のスクラム組んで静かなり

    電話長し金魚の吐ける泡ひとつ

    魔法説く呪文はいかに雨蛙

    不覚にも海月の統べる我が鼓動

    雷激し方舟めきし摩天楼

    炎天を支えて立てり被曝の木

    夏草や廃線とは音消えること

    さきの世は海霧深き月見草



        秋日傘         大久保 和 子


    八月に俳句の日あり旅かばん

    籠居のこの家に蠅のゐさうろう

    来し方をふりかへりつつ秋日傘

    乳足らずの児の手さぐりや夏の月

    未熟児だつたをんな涼しく生きてをり

    肩に湯をかけくれし日の夜の秋

    なみだにも断水のあり藍の花

    夫の遺影若すぎるなり茄子の馬

    腐れゆく桃にみられてをりにけり

    出来過ぎのさみしきスイカ膝の上

    夕化粧吐息をひとつついてみる

    せめて心の老いはゆつくり実浜茄子

    ひともしごろさう蟬時雨果つるころ

    虫の音に添寝してゆくされてゆく

    朝顔の藍ふかくして海を聞く

    コロナ禍を逝く万緑をくぐりぬけ

    何処から精霊螇蚸十日過ぎ

    白菜の種播く日なり敗戦日

    志願兵のちちに今年も敗戦日

    歳月を経て万緑に身をまかす



        い・の・ち         𠮷 野 秀 彦


    指しゃぶる画像の胎児走り梅雨

    父の日来胎児の父を君と呼ぶ

    仏炎苞の赫赫とあり溽暑なり

    黒南風やオセロめく葉の裏表

    底無しとなりゆく硯梅雨の星

    竹光を抜くごと梅雨の折り畳み

    祐澄(ゆうちょう)和 弘(わこう)恭光(きょうこう)某甲(それら)梔子の花

    凌霄花繚乱死に急くこと勿れ

    梅雨晴や「アフリカの月」二回聴く

    梅雨の月ワクチン接種の身重の子

    日毎掃く病葉母の耳遠し

    カクリカクリ疫禍ひたひた梅雨の星

    菩提樹の数珠を擦る音明易し

    梅雨明けの空我が魂のここにあり

    山川草木悉有潮音夏の月

    汗かけばそれもいのちよ尾長鳴く

    オニバスに子が乗る図鑑夏の空

    仙人掌の妖しきひねり大西日

    緑の夜ジョニ・ミッチェルの遠吠えす

    咲くまではムガルの王冠花芙蓉





 
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