俳句時評
2026.vol.43 no.494
何を肯うか ――俳句評論の豊穣のために
樫本 由貴
神野紗希の初評論集『俳句は肯定の文学』(二〇二六・四、朔出版)を読了した。本著はコロナ禍以降急速に発達した議論が展開される前の、二〇一八~一九年に『俳句四季』に連載した口語俳句に関する論考をまとめたものである。ゆえに現在の水準からいえば不足と思える議論もあるが、文学をケアの観点から論じた『ケアの倫理とエンパワメント』は二〇二一年刊行、戦争と俳句の関係を一次資料と表現から論じた川名大『戦争と俳句』は二〇二〇年刊行である。恥を承知で言うなら筆者が戦争俳句関連の論考を論文で発表しはじめたのも二〇二〇年以降なので、こうした時系列に注意したうえで評価が求められよう。もっとも、論証の方法を検討することはこれとは別の問題である。本時評では、口語文体とジェンダーの関係を論じた「女性性」、戦争と口語俳句の関係を論じた「主観性」の項目での、議論の手法を問いたい。
まず「女性性」の議論において、神野は俳句における口語体の中の「女言葉」が、権力や権威の辺境に置かれていた主体に肉声を与え、権威側を逆照射する可能性を論じる。本項は口語のうち「女言葉」が作者の性別によらず選択される傾向があることを示唆する点で重要である。俳句形式が呼び込む声が「女」のそれに偏ることは、「女」主体の懐の広さか、それとも俳句形式による「女」の声の蹂躙か。思い出すのはセレクション俳人シリーズの『西村和子集』(二〇〇四、邑書林)のあとがきである。西村は、女言葉には命令形がないことが話題となる永井愛による喜劇「ら抜きの殺意」の感想を絡めながら、次のように、自身が文語を選び取る理由を書く。
私が十代の頃から俳句という表現手段に魅力を感じ、文章を書くことに喜びを見出して来たのは、文語や書き言葉には性差がないからではないか、ということにも気づいた。俳句の上では命令形も自然に使えたし、文章を書く時は女言葉特有の語尾を使う必要もない。私は俳句によって性差から解き放たれていたのかもしれない。
劇中の人物は、恋人を前にして「あなたにはとびきりの言葉で話したい」と、よそゆきの女言葉を捨てて口ごもる。言葉を探して考え込む幕切れの場面は、句作の姿そのものだった。私にとって俳句を作ることは、そのとびきりの言葉と表現を求め続けることに他ならない。
文語が女性をはじめとする周縁の書き手にもたらしたものを示唆する西村の言は、神野の議論にとり重要な反証である。したがって、口語を「世界と距離をとる者と親和性の高い表現」(一一七頁)と主張するからには、文語が西村のような立場に与えた自由との差異を意識してもよかった。例えば、西村のいう自由は自身が女であることを隠蔽あるいは忘却して成立しているとも言えよう。これを向日性や積極性に欠ける、神野の主張したい「肯定」と異なるものとして、口語の可能性へ展開することも出来ただろう。
各論では論文や専門書が論拠とされ、参考文献もあるがために、容易に想定される反証の検討が十分でないことには、論証の選択の手つきが見えてしまう。
太宰治の女性独白体を援用する議論でも同じことが思われた。神野は女性独白体に、弱者の語りの効能を見出し、口語俳句に同様の希望を見ている。だが、太宰の「女生徒」は、有明淑という女性の日記を素材としている。坪井秀人『性を語る』(二〇一二)所収の「女の声を盗む」が論じたように、ここには男性作家による女性の主体性の剝奪と編集の問題が残置されているのである。ここを無視して、ひととびに太宰の手法を肯定してよいものか。有明淑の日記から、自分の眼鏡に適う記述だけを引用し、政治関連の部分を落とした太宰の編集の技法は滝口明祥や、北川透らが論じてもいる。これらをどう引き受けるかの表明なしに、太宰の女性独白体と俳句における女の言葉の使用を等価に論じていいとは思えない。
なお、神野は、ここでは作家の性別によらない表現の一手法として「女の言葉」の効能に対し、福山雅治の楽曲「家族になろうよ」の歌詞を反例として引き、「結婚する妻から夫に対しての思いを女言葉の口語で」歌っているものの、「権力側の欲望の再生産」に加担するとして批判している。歌詞が女性視点であることは、福山のインタビュー記事などから自明なのだろうが、テキスト単体で見れば、「わたしとおなじ泣き虫な女の子」という歌詞の「おなじ」の修飾先が「泣き虫」か「女の子」かは明確には判断つくまい。作者の発言や外部が解釈の根拠として絶対的な価値を持つわけではない。慎重になるべきであろう。
「主観性」の議論で神野は、軍歌を例に「文語が格調高く歌われ、国家の伝統に連なろうとする意識を刺激する」と言い、文語の聖戦俳句を引いて「この句の中にいるのは、顔のない一億の国民ではないか」と、文語をあしざまに書く。他方で「新興俳句の口語作品は、主観を押し出して対峙し、一個の人間の存在を強く主張したという。これは、ほとんどチェリーピッキングに近い。第二次大戦中の口語俳句にも翼賛俳句はあった。戦中に刊行された口語や自由律俳句のアンソロジーを紹介するまつもと・かずや『戦争俳句』(口語俳句発行所、一九七五)から、筆者を省いて具体的な句を抜けば、〈戦いぬく冬の大根の太いのから抜く〉や〈戦いつづけられ街の空気が美味しくなる〉などがある。付言するなら、プロパガンダとして有名な「欲しがりません勝つまでは」「進め一億火の玉だ」は七五調の口語だ。
反戦なら、文語俳句とて、窓秋には〈母の手に英霊ふるへをり鐵路〉があり、三鬼には〈捕虜共の飯食へる顔顔撮られ〉がある。後者は「ニュース映画」と前書きがあり、「捕虜」を客体として観察する句ではあるが、捕虜に個々の肉体、手足、顔があることを書き込む「一個の人間の存在」を主張する句とも言える。戦争と俳句を論じる際には、先のプロパガンダが示すように、文語/口語よりも、定型/非定型の議論が重要だ。戦時標語の定型性を無視して文語に悪印象をもたらすこの項には強く異議を唱えたい。神野が口語にかける希望と同じように、筆者は文語がおりなす定型詩の豊穣を信じるからだ。
最後に、誤認を指摘しておく。「他者性」の項目で茅舎の〈約束の寒の土筆を煮て下さい〉の文語体の改削例として〈約束の寒の土筆を煮て呉れよ〉が挙げられる。だが、「呉れよ」のような授受表現は現代日本語において特徴的に発達したものであることが、近年は強調されるようになっている。つまり、この改削は文語とは言えまい。俳句における口語の価値を標榜する場合、現代の書き言葉/話し言葉、古語/現代日本語の区別があるはずだ。