小 熊 座 2006 高野ムツオ
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    2006年     高野ムツオ  (小熊座掲載中)



   2006年12月  黄落  高野 ムツオ


  かまつかや土には土の血が流れ

  ビアノよ蓋開きなさいと雁渡る

  生霊も死霊も来たれ芋煮鍋

  くろがねの無音の響き星月夜

  我が蝕も進行中なり昼の星

  黄落の万恒河沙の音がする

  冬日向初めて立ちし日のごとし



 2006年11月  一会  高野 ムツオ 


  キチキチのキチと光れる一会あり

  秋風の国に戻れれば秋風のみ

  すいっちょの千里を透過してきたる

  わが恋は永久に中古や昼の虫

  一夜ごと月を引き寄せ虫すだく

  吸盤があらば天まで星月夜

  晩年は曼珠沙華など貪り喰い




 2006年10月  宵闇  高野 ムツオ 

  宵闇の吾は未だに生れぬもの

  青に生まれ青に死にたる秋刀魚喰う

  抗える詩を作るべししどみの実

  塩竈の此処は底なり秋の蝉

  フェードインフェードアウト馬迫は

  皮膚呼吸している空や星月夜



 2006年9月  黴の家  高野 ムツオ
 

  目薬差す青水無月の瞳孔へ

  老年に入る塩竃の鰹喰い

  未来今も南瓜の蔓の先にあり

  億万の電波が見える徴の家

  人間は立入れませんと梅雨茸

    鬼房小径二句
  雷鳴にもつとも澄めり毛虫の眼

  どの石も声棲む石や梅雨の底




 2006年8月   緑雨  高野 ムツオ


  東京のわれらは葉っぱ五月来る

  残り時間酸菜の花と思うべ し

  卯の花腐ししかし大阪駅すがし

  緑雨また緑雨途上また途上

  光源として子の眼夏の雨

  余花の雨炎はペンの先にあり

  六月へ傘を開くは消えぬため




 2006年7月   青嵐  高野 ムツオ

  頭の中に湛えるならば初夏の沼

  人間に見えないように樺の花

  山椒魚深息すれば夏嵐

  We Will soon arriv at夏嵐

  永遠の序曲なるべし芽落葉松

  葡萄酒を酌めば新樹が寄ってくる

  緑夜なら水噴き上げて眠るべし



  2006年6月   花の昼  高野 ムツオ

  春昼の砂時計より砂の音
    
船岡
  堅香子や若者今も鎧着け

  自殺者は三万人超花の昼

  不完全な死体だらけぞ花の宴

  徒歩(かち)で渉れそうな湖夕桜

  犬の首に犬の首枷桜の夜

  むささびとなり飛ぶもよし花の闇



  2006年5月   野 火  高野 ムツオ


  別珍を広げし夜空物の種

  海溝を行くもの春の夜の吾も

  大鳥の翼のごとき春田かな

  一列の断崖であり卒業子

  日高見の野火なら吾にのりうつれ

   
鬼房小径
  鬼房の春雨ゆえの沁み心地

  晩霜の目差もよけれ溺谷



  
  2006年4月  牡丹雪    高野ムツオ 

  わが火口あるべし寒夜地続きに

  寒星を点すスイッチあらば欲し

  舐られる飴の至福や雪の暮

  霜柱この世の他にこの世なし

  流氷となりわが胸へ未完の詩

  仏壇の中へもっとも牡丹雪

  断崖はわが背にありぬ牡丹雪



  2006年3月  鱈腹    高野ムツオ

  一枚のパンの体温雪の夜

  骨と肉離されし豚雪が降る

  鱈腹という言葉あり雪降り来

  東京の雪のひとひらなりし頃

  月光のほどよく滲みしこの干菜

  明日のため冬夕焼を輸血せり

  大寒の青空ときに炎なす




  2006年2月 日高見    高野 ムツオ

  月光の音枯蘆の音となる

  東京より戻りし我に鴨の声

  降る雪の奥青森の声がする

  われに帯状疱疹空に冬の虹

  日高見を目指せば雪が地より湧く

  土の中よりみちのくの第九かな

  数え日の海濃紺を揺さぶって




  2006年1月 大冬日    高野 ムツオ

  宇宙より我来たりしと冬薔薇

  冬菜畑一枚天降りたるごとし

  寒気団整列したり敏雄の忌

  雪嶺や喪主と呼ばれて立ちしとき

  父の亡きわが傍らに大冬日

  数え日を亡者のごとく文を書き

  蛸足の電気コードと年惜しむ



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