小 熊 座 2009  高野ムツオ  (小熊座掲載中)
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   2009年12月  露 草    高野 ムツオ

    露草のきらめき夜に入りてより

    アテルイの形見に虫の原一枚

    秋の蝶秋の蝶とは知らず飛ぶ

    我もまた翅を畳みて野分の夜

    虫の闇田中哲也は何処に居る

    一本の秋暑の杭として死せり

    また一人去る秋風の談話室


    秋の雨水晶体の中までも

    野も山も錦秋にあり人の死も




   2009年11月  稲の花    高野 ムツオ

    日高見にとぐろを巻けり大やませ

    やませ噴き出す草の先爪の先

    男根を祀りやませに眠る国

    雷鳴の青空がよし幕切は

    深淵は生み出すものぞ油蝉

    心身はもとより一つ秋の蝉

    日晩や溺れ死ぬまで恋せよと


    遠き世の葉音に目覚め出穂す

    はにかみてより匂い出す稲の花




                                            
   2009年10月  東京晩夏    高野 ムツオ

    東京はついに迷宮蝉しぐれ

    夜の蝉渋谷の底をさまよえば

    積乱雲が生まれ故郷という男

    暗きより暗きへわれは黒揚羽

    まだ吾を待っているのか日雷

    来歴のどのページにも夏の霧

    人間に見えぬ裂け目へ夏落葉


    晩夏光重し赤子はなお重し

    来たるべき時間のかたち朝顔は




  2009年9月  大南風   高野 ムツオ

    夏草の声にみちのく始まれり

    たてがみも産毛も炎大南風

    脱皮している途中なり噴水は

      
炎天寺
    大海の一滴となり夏に座す

      
渡辺誠一郎
    犬釘に鉄路の軋み夏百夜

    炎熱や鈴木慶子の靴の音

    夏の川夜も白濁山女亡し





  2009年8月  白 髪   高野 ムツオ

    麦の穂の百揺れすれば我が昭和

    アカシアの雨まだ止まず白髪に

    銀幕の雨いずこにか藤の花

    斃れたる雨脚のため虹懸かる

    造反有理夏草にのみ残る

    夏落葉また陽を滑り損ねては

    出目金が誘い出したる夕の虹





  2009年7月  燕の巣   高野 ムツオ

    隠沼は母の臍なり春の雨 

    春の泥灯せば羽二重肌なりし

    斑雪野を駆けよ駆ければ皆炎

    花の雨濡れていずれも不老不死

    明日を思えば目玉の中も花の闇

    落花浴び遥か遠くに来し如し

    燕の巣一星雲として高し




  2009年6月  一 個   高野 ムツオ

    遂に何も起こらず牡丹雪が止む

    湖は大きな雪間出羽の国

    天体もキャベツも一個春の夜

    寂光を帯びはせずとも春の蠅

    土龍にも春の空あり見えねども

    連翹の闇より奥の道中歌

    太陽のここは胎内囀れり




  2009年5月  万愚節   高野 ムツオ

    朝の日の翼に乗れり万愚節

    みしみしと音はしないが白魚喰う

    春吹雪いずこの修羅の喉より

    春ふぶき吾妻小富士を胎蔵し

    銀舎利に春風上野広小路

     
万尋君誕生

    万尋とは龍の全長春の空

    団塊世代いよいよ無用春みぞれ





  2009年4月  大靴    高野 ムツオ

    冬日和詩嚢は今日も素寒貧

    オーロラの夢見る煎餅蒲団かな

    冬日一条シルクロードの此処は果

    笹鳴きの藪にも隘路血路あり

    揺らす尾も鰭もなけれど春を待つ

    仰向けに両手を上げて春の川

    大靴は春の星座を巡るため




  2009年3月  霜柱    高野 ムツオ

   霜柱踏めば青空降りて来る

   
 「虫の詩人の館」にて
   冬陽炎虫の詩人の館より

   もしかして冬青空は蝶の翅

   冬眠の頭に青空が一つずつ

   啓蟄のまだ星生まぬ空のあり

   赤子にも隠し処があり陽炎

   臓器もて押し合い圧し合い春灯




  2009年2月  暁の星    
高野 ムツオ

   
雁を待つみな一本の禾となり

   銀杏落葉これから渦となるところ

   夕日豪華に大白鳥は未だ来ず

    大いなるもの年の夜の牛の糞

   言葉まだとぐろを解かず大旦

   まぼろしのちゃせごの声や暁の星

   位牌まで朝日を招き寒に入る



  
   2009年1月   海光      高野 ムツオ

  小金井の今も湧く音秋の暮

  武蔵野のカリン
(漢字表記)でありし 二 十代

    松岡百恵
  胎の子とカリン(漢字表記)一個と寂光と

  わが捨てし句の数ほどに柿たわわ

  マフラーを巻く海光を滴らせ

  立つことは待つこと冬日翼とし

  外套や父の曠野は父にのみ



  
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