小 熊 座 2015  高野ムツオ  (小熊座掲載中)
TOPへ戻る  INDEXへ戻る



  





     2015年 12月   秘 奥     高 野 ムツオ


    産道を抜けしは一度天の川

    銀漢や靴にも靴の月日あり

    地下鉄の枕木もまた良夜かな

    砂に轍月へ向かいし一軌跡

    虫すだく此処が銀河の臍なりと

    落葉松の千手千体秋の雨

    かつてみな明眸皓歯茸汁

       羽黒山

    泥中の鏡のために月上る

    羽黒山五重塔は葛の奥

    ずっしりと出羽(いでわ) の秋日掌に

    形代よ焔になれと息を吹く

    舞茸や出羽の国に秘奥あり

    男郎花山の力を一花ずつ

    みちのくの残党として芋の露

    死ぬ前に舐めるとすれば秋の虹

    傾いてよりの野菊の脛太し

    鉈豆のここが勿来とぶらさがる

    詩論果て秋刀魚の頭のみ残る

    嘴太の一声これも菊日和




     2015年 11月   野襤褸菊    高 野 ムツオ


   福島原発二十キロ圏内にて二十句


    原子炉へ陰剥出しに野襤褸菊

    汚染とは人間のこと雉子の声

    半減期など夏雲雀にはなかり

    薄暑の陽我に弾きて棄牛の背

    緑夜あり棄牛と知らぬ牛の眼に

    夏雲が供花か棄牛の頭蓋骨

    夏草に餓死せし牛の眼が今も

    請戸小夏日を返し帰還待つ


    無尽蔵なり汚染土も万緑も

    峯雲や家を守るは家霊のみ

    棄民の顔青葉若葉のその間に

    棄民にはならぬと蟻が脛を這う

    楢葉標葉風に輝く被曝して

    夏草の一本ごとの骨力

    声せぬが確かに鉄道草の歌

    共寝するなら福島の水蜜桃

    牛飼も牛も被曝す天の川

    人住めぬ町に七夕雨が降る


    繋ぎたるこれは誰の手螢の夜

    人間に水晶体や梅雨の月

    福島の幽霊蜘蛛がわが酌婦

    向日葵や千里の旅を終えしごと

    貨物列車の我も一輌日の盛

    晩夏光万年筆に充填す

    首筋へ真葛が這ってくる齢

    深呼吸すれば動くや天の川

    星祭地下水脈の上に立ち

    秋の蟬屑籠からも溢れ出る




     2015年 10月   黴の花    高 野 ムツオ


    俳句またその一花なり黴の花

    亀の国ありて亀消ゆ日の盛り

      中原中也
    蚊喰鳥恋は地獄に落ちてこそ

         萩にて
    死して生きる吉田松陰梅雨の闇

      鹿児島にて
    火を噴いてやっぱり女陰桜島

    物の怪となり舐めるべし氷水

    流し索麺ぐるぐる回る未来まで

    知覧の句一句もできず梅雨夕焼

    すべからく大風呂敷や芋焼酎




     2015年 9月   極楽湯    高 野 ムツオ


    一息ですべてを吸えと夏霞

    蝶を吸う蜘蛛は魂剥き出しに

    栗の花朝日は地べた這って来る

    缶詰のドロップ首夏の財宝は

    胡瓜喰う今日一日の音立てて

    戦前戦中戦後ありけり簾にも

    卯月波遺骨のごとく玉砕す

    本流は天の川なり梅雨の川

    万緑のここが奈落や極楽湯




     2015年 8月   破れ傘    高 野 ムツオ


    これよりは日高見藤の花懸り

    蛆毛虫水蠆の国なり日高見は

    轢死して西日を翅として毛虫

    若葉青葉すべてが隠れキリシタン

    緑陰はマリア観音様のため

    此処がわがパライゾなりと破れ傘

    神よりも現の証拠の花信ず

    この世にも裏側ありて紙魚走る

    青蘆や月光が湧くわがデルタ




     2015年 7月   蝦夷春蟬   高 野 ムツオ


    耳朶熱し風花が今触れたから

    原子炉の内部の他は春の闇

    眼も骨も臓腑も光る釘煮なり

    まだ小首傾げ眠そう梅の花

    春雨の針の無数は悼むため

    山も川も太古の顔に桜待つ

    蝦夷春蟬地より湧きては空に満つ

    一台の手風琴なり緑夜とは

    三陸の海霧怨怨と怨怨と




     2015年 6月   空 缶    高 野 ムツオ


    寒芹田一枚何処より飛来

    目覚めよと大地に冬の雨刺さる

    空缶となりて転げよ如月は

    地母神の腹蹴り破り春吹雪

    火を億年孕みし山の雪解水

    賤女の涙痕として雪残る

    土知らぬ我が不土踏春の雲

    地震の話いつしか桃が咲く話

    福島や桃咲く前の地の痛み

    吊し雛山の朝日を廻しおり

    分前は饅頭一個梅三輪

    影がまず梢を広げ三月へ

    さやさやと音はしないが春の川

    鶯や神は海光もて応ず

    水底と思い白梅開き出す

    藪椿津波の記憶あり揺れる

    被曝の山百を連ねて花の山

    地震大国花冷にまた一震え

    今日は誰が横顔なるか余花の空



     2015年 5月   凍 星    高 野 ムツオ


    大寒のここが領土と鳶の笛

    凍星や盲腸線の終点に

    喉仏ごくり凍星呑みたるか

    最期あり我立つ星に凍星に

    夜空とは凍星専用頭陀袋

    秋田名物八森ハタハタ万の星

    打延べて鬼房の声霜の照り

    一筋の未完の川として凍る

    凍豆腐この世煮染し味がする

    海鼠腸に我が句に賞味期限あり

    粉雪は天のささやき甘納豆

    未来より雪の降り来し頃ありき

    てのひらに雪の香そして雪の精

    寝床なら腐葉土屈指雪を被て

    無能無才無学が取得根雪踏む

    人間の数だけ闇があり吹雪く

    恋ゆえの噴火や雪の吾妻山

    また降って来る氷塵かセシウムか

    荊棘線に雪片人の住めぬ国

    帰還困難区域マスクの眼の奥に

        達 谷 窟
    御目伏せ胸に氷柱を二、三本

    氷りて融けさらに氷りて光なす

    冬深し泥の底なる鯉の眼も

        厳 美 渓
    眠る蛇そこは太古の火砕流

    甌穴の小石もよかり又の世は

    山霊製無濾過原酒ぞ雪濁り

    仙台駄菓子捻れしままに春を待つ

    幼霊の心臓の音浮氷

    なぜこんなところに羽毛雪の果

    耕せば女性あらわに匂い立つ

    鬩ぎ合う岩盤(プレート)の上雛祭

    夜見の声さざなみなして三月へ



     2015年 4月   鯨の血    高 野 ムツオ


    大皿にいつまでもある鯨の血

    母の胸今も冬日が蕩け出る

    孤独死も殺戮死なり冬日燦

    年男汲めとばかりに汚染水

    原子炉を如来と崇め寒の雨

    一本一本金剛力の寒の雨

    三食が寒菊という鵯の声

    大寒や海老寝の背中より朝日

    寒月光脊梁山脈ぎしぎしぎし

    富士もまた一吹出物寒日和

    寒雀大地もろとも弾みおり

    氷湖が眼氷山が鼻わが屍

    冬の虹これは声なり無声なり

    また一輪浮き出て来たり冬桜

    手も足も陰も冬木の桜かな

    冬林檎夜は冥府へ香を放ち

    恋の味冬馬鈴薯の皮の味

    人参の霊山なせり闇市に

    星雲を蔵して馬の息白し

    月光を吸って枯蘆月光化



     2015年 3月   仙台白菜    高 野 ムツオ


    一塊の粗塩として初日受く

    蓬萊に盛れ汚染土の百袋を

    目鼻口耳もなけれど冬公孫樹

    握り飯冬日まぶして齧りつく

    仙台白菜出尻どれも陽を弾き

    潮騒や成人の日の足元に

    雪被り肩寄せ墓の小正月

    光れるは子鴨の霊か鴨の水尾

    白鳥の爪書きの声寒入日

    血潮なら消えるべからず寒夕焼

    凍星やアメ横全店閉店後

    坩堝なす日本海あり幻魚の眼

    肩胛骨かすべを喰えば動き出す

    毬藻結氷眼を閉じて重なって

    雁や永遠に翼の前に首

    冬眠の心臓原子炉より熱し

    孤独死は熊にもありて寒の靄

    鷹に翼我に詩を生むペンがある

    木の根歯の根今日も風雪注意報

    風花や永訣せんと戻り来る



     2015年 2月   柿 膾     高 野 ムツオ


    全ページ秋風の湧く本が欲し

    月よりも降って来るなり樫落葉

    木の実落つ星落つ我も眠り落つ

    降る落葉その一枚となり寝入る

    俳句とは斯くあるべしと仏手柑

    声にして呼べば応えて初時雨

    太巻の一本となり山眠る

    地に刺さり我も墓標や冬旱

    根の国へ急げジングルベル鳴らし

    溝川へ満ち来る潮年の果

    数え日や陽差しが墓の中にまで

    歳晩や一戸に一個ずつ朝日

    歳晩は大盛カレーの湯気の中

    ベランダの雀も明日は初雀

    握手せし手と初星をポケットに

    初茜されど地球は火の車

    御難き生き物なれど初日の出

    初日影縁の下にて翼なす

    山裏は初日を知らず柿膾

    雑煮なら芋茎干柿引菜入り



     2015年 1月   冬 鷗     高 野 ムツオ


    この柿の冷えは昨夜の星の冷え

    浴びたきは銀杏黄葉と父の声

    木枯に乗って天降りぬ一輪車

    満天の星集めんと熊手買う

    首輪され仰げば冬の星如何に

    ゴールデン街今は昔の落葉降る

    この世去ること楽しげに落葉渦

    どれも一宇宙を蔵し冬帽子

    今生に何を怺えて初時雨

    散ってより山茶花明日を語り出す

    人間の世に隣して葱立てり

    あの津波つまりは祟り冬日濃し

    爪先に沁みる冬日も人の死も

    金蠅がしばらくぶりと冬日より

    児童七十四名の息か気嵐は

    被曝して桃の千本雪を待つ

    鼻水を垂らして我も荒脛巾

    抓まれて整列したり遠雪嶺

    一羽には一羽の血潮冬鷗




パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
  copyright(C) kogumaza All rights reserved