小 熊 座 2017  高野ムツオ  (小熊座掲載中)
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     2017年 12月   春の月     高 野 ムツオ


       明日香
    蒲公英の首級を並べ明日香あり

    大口の真神が原の蓬踏む

    狼が吐きし春雲鷲家へと

    絮毛に乗り観音菩薩降臨す

    紫雲英野や血で血を洗い国成れり

    春天を羽衣として石舞台

    トキジクノカグノコノミの花未だ

    錠前を下ろせば春の奈良は闇

    蝦夷ゆえ守り賜えり春の月

       釧路
    われ蛇行なりと動きてくねるかな

    どの花も蝦夷を名告りて海霧に立つ

    潮騒の精霊白花延齢草

    カムイなり海霧の鷗も絶壁も

    海猫が鳴く汝も翼広げよと

    翼なきものは去るべし霧多布

    流氷に乗り遊びしと薄衣

    厚岸のこれも峨峨たり牡蠣フライ

    裏側に夏も流氷厚司織(アットゥシ)

    太古へとサロルンカムイ首伸ばす

    丹頂の巣は幻日に残るのみ

    釧路炭田生れの声す海霧の底

    釧路あり冷夏の胡沙に身を潜め



     2017年 11月   舞 茸     高 野 ムツオ


    天狗巣に今坐りたり春の月

    カラザとは鳥の臍の緒春の夜

    真直ぐの視線は怖し朝桜

    みちのくの花愴愴と恨恨と

    額に若葉言葉の瓦礫ばかり積み

    鍋底に明日のありて梅雨の星

    牛丼の大鬱勃へ夏の雨

    眼窩より今飛び出たる黒揚羽

    海に生れ遂に海見ず浜万年青

    熱砂一粒ごとに津波の記憶あり

    津波伝えよ茄子も胡瓜も玉葱も

    さよなら瓦礫ようこそビキニ永久に待つ

    白桃のこれは降霊せし重さ

    舞茸を喰えば全山全葉雨

    新月や割かれ蠢く魚の腸

    秋風や地球一周して来たと

    あれは稲の匂いだったか母の胸

    葛の葉の必ずどこか揺れている



     2017年 10月   眼 窩     高 野 ムツオ


    春風が目玉に沁みる津波以後

    白魚の憑依す喉を過ぎるとき

    我も知らぬ我が胸の闇春霙

    口開けて眠れ佐保姫降臨す

    春の夢むさぼり過ぎて太り気味

    膨みて動く宇宙や百千鳥

    父の日の花束の花飛びたげに

    天へ続く回廊のあり緑の夜

    自裁せし男の眼戻り梅雨

    青林檎いずれも修羅の涙粒

    肋にも深山峡谷青嵐

    割られたる卵が墜ちて梅雨の虹

    鼓舞奨励など無用なり蟻の列

    そのうちに灼けたる石も動き出す

    この先は人外なりと破れ傘

    豚草の小花のための棄田かな

    原子炉へまたも砕けて夜光虫

    夕焼や大盛冷飯よく嚙んで

    夏草や誰にも見えぬものに明日

    炎帝に諸手を上げて赤ん坊

    夏灯載せてまたたく子の睫毛

    夕虹や湖よりも眼は深し

    夏の闇死者送らんと溢れ出す

    隠沼に蕩ける蓮も山彦も

    万緑や一生涯は一閃光

    万緑の重み一葉にも重み

    この世暑しこの世暑しと妻老いぬ

    かなかなの飢え重畳とあり戦後

    骸にも声あふれおり秋の蟬

    秋風が眼窩を抜ける音がする



     2017年 9月    亜炎天     高 野 ムツオ


    春眠のいつしか雲となっている

    踊り食いされし白魚の目が残る

    朧まず野鯉の鰭の鬱金より

    夜見帰りしては春灯また一つ

    獲られたる鳥も囃して百千鳥

    地獄ゆえかく開きしか白牡丹

    前頭葉後頭葉もみどりの夜

    夢は眼を開けて見るもの旱星

    額より雲重畳と亜炎天



     2017年 8月    夏 霞     高 野 ムツオ


    春の夢五臓六腑も見ておりぬ

    臘梅は土の精なり奥二重

    春嶺に雲のたてがみ魚に鰭

    軽みとは皿の大盛春キャベツ

    深呼吸すれば憑依す春の星

    木の股に明日のありて春の星

    桃の木の股に坐らば桃童子

    産声は喉の闇より朝桜

    夜ノ森駅次と声して花が散る

    桜蘂踏んでこの世の崖に立つ

    囀やここは胎内だったのだ

    淋巴液縦横無尽朧の夜

    花筵花を弔うため坐る

    柱みな木の骸なり花の夜

    地球あり暗黒物質ありさくら

    熟睡の子八十八夜の舟となる

    山川草木もとより無名夏霞

    墓までも攫われたると吾妻菊

    冥府へと欅若葉の揺れ止まず

    生粋の叩上げなり蟻の顔



     2017年 7月    逆 波     高 野 ムツオ


    見えねども棄民の睫毛その垂氷

    帰還第一陣は死者牡丹雪

    手足なき冷凍肉と牡丹雪

    冥婚へ天の御祝儀牡丹雪

    春吹雪出でよと胸を搔き毟る

    遠干潟鍋の浅蜊の舌の先

    逆波は根の国生れ蘆の角

    天上の童女の尿か春時雨

    愚妻にもお迎え黒子春燈

    嚔鼻水ときどき涙三月来

    春の河瑠璃色しかし被曝色

    全村避難終えたる闇の種袋

    万の汚染土袋や億の発芽あり

    人間など帰還無用と蕗の薹

    天上に鞴ときおり春吹雪

    春吹雪空の急坂より胸へ

    陽炎に五体を揺らし山住い

    浪江相馬新地忿怒の霞立つ

    富士壺へ波の咒言や春の月

    白魚を誤嚥したるか潮鳴す

    大陽は地球の裏へ蘆の角

    浮氷微笑もろとも蕩け出す

    春夕焼這って生きよと泥に映ゆ

    地球とは揺籃またも春の地震

    悲しみに太りし妻か諸葛菜

    囀の火花となりぬ雨の奥

    老体一行しんがりは梅の精

    テーブルの無数の傷へ春の雷

    春星になれと石ころ蹴り上げる

    胸底にどん底はなし春霙

    春の土その声聞こえ出す齢




     2017年 6月     狼     高 野 ムツオ


    狼領なり風花の飯舘は

    狼の護符風花を舞わしむる

    狼の声全村避難民の声

    狼の不壊の目玉に雪が降る

    狼か裸電球点灯す

    山鳴す狼眼閉ざすとき

    月へ去る群狼どれも振り向かず

    首輪拒みしゆえ狼は絶滅す

    死は坐して待てと狼尾を揺らす

    狼の尾の一朶あり万死あり

    狼が寝まりしところ蕗の薹

    狼が嗅ぎし下萌なり蹲む

    狼の声薄氷の裏にのみ

    白梅や飢え窮まりし狼に

    狼の背中の丸み春の虹

    狼の尻尾が見える遠山火

    狼毛の大筆となり春の森

    死に絶えし狼が吐く朧かな

    雪形となり狼よ永らえん



     2017年 5月    貨車の音     高 野 ムツオ


    初鶏や国生むごとく糞をして

    くだかけの羽搏きをもて筆始

    死際も口は開くなり雑煮椀

    初寝覚富士の裾野を敷布とし

    鷹柱夢に立つまで眠るとす

    抓みても醒めぬ茄子の砂糖漬

    息を吸うたびに膨らむ夜の歯朶

    冤霊を遠祖としたり赤蕪

    Uターンラッシュ隠沼氷り出す

    炬燵猫夢太りして薄目して

    餅花や祖も赤子も口を開け

    氷張る燈のかたまれるところから

    草も木も極楽顔や寒の雨

    施錠してより寒星の重量感

    鱈腹は人間の腹寒の星

    一人ずつ消え熊の皮光り出す

    空にまだ貨車の音あり冬の梅

    縛られし蟹に真冬の雷火立つ

    吹雪くねとポストの底の葉書たち

    臨終に雪を見たりとボッケの眼

    言葉には力は無用海に雪

    杉の芯女芯となりぬ夜の吹雪

    地吹雪や死ねど治らぬ屍病み

    神童がまず転びたり雪合戦

    天地へ手足伸ばして大冬木

    風花や母が瞑れば次次と

    風花に曲れる力あり海へ

    星雲の一つに肺腑冬深し




     2017年 4月    蚯蚓の夢     高 野 ムツオ


    太 陽 へ 機 首 を 向 け た り 冬 の 蠅

    も し か し て 明 日 開 戦 日 霜 の 声

    鉛 筆 が 転 げ た と こ ろ 冬 銀 河

    凍 る 薔 薇 そ の 蕾 な り 吾 妻 山

    冬 眠 の 蚯 蚓 に あ り ぬ 目 鼻 口

    寒 雷 が 我 に 続 け と 天 を 打 つ

    月輪の 心 臓 原 子 炉 よ り 熱 し

    鶴 翼 が 軋 み 山 河 が 軋 み 出 す

    冬 の 日 の ま た 来 迎 す 鶸 の 声

    冬日だったか壁の女陰の落書は

    玉 砕 は 霜 の 朝 日 に 限 る べ し

    大 霜 や ガ ラ と 化 し た る 鶏 の 声

    東 北 本 線 全 線 眠 る 蛇 で あ る

    コンビニに現世のすべて冬の暮

    越 冬 の 蚯 蚓 の 夢 や 観 世 音

    月 よ り も 歪 つ で 旨 し 冬 林 檎

    クリスマス前夜懐炉も原子炉も

    海 底 の 写 真 の 中 の ク リ ス マ ス

    クリスマスプレゼントだと遺骨抱く




     2017年 3月    昼 月     高 野 ムツオ


    青 森 行 や ま び こ 号 に 冬 の 蚊 と
    ダイナマイトボディ朝日に氷る川
    冬 晴 の 骨 を 鳴 ら し て 洗 濯 屋
    蔵 の 罅 丸 餅 の 罅 夕 日 差 す
    大 鴉 鳴 い て は 雪 を 降 ら し め る
    雀 に は 謂 れ 無 き 名 や 初 雀
    風 花 は 海 境 越 え て 来 る 声 か
    放 蕩 の 果 昼 月 の 氷 り お り



     2017年 2月    野の光     高 野 ムツオ


    秋 の 風 旦 過 市 場 の 喉 元 を
    竈 馬 ら も 来 よ 芥 箱 で 饗 宴 す
    秋 の 蚊 や 人 よ り 牛 を 恋 し が り
    迷ってはおらず夜葛が這って来る
    土 龍 に も 眼 は 二 つ 月 上 る
    抱き寝るならばチェシャ猫雨の月
    錦 秋 や 髪 膚 も 終 は 廃 棄 物
    浮かべ呑むならば菊より悪の華
    永 遠 に 動 き 出 す 前 菊 人 形
    古酒一盞月光満ちて来るごとし
    尻 餅 の よ う な 円 墳 冬 日 和
    芭蕉蕪村一茶も死にし冬来たる
    葉 を 脱 ぎ し の ち は 火 の 鳥 冬 欅
    冬 紅 葉 五 臓 六 腑 の 重 み あ り
    小 紋 紬 更 紗 と な り て 夜 の 落 葉
    枯 葉 降 る 星 降 る 放 射 能 も 降 る
    雪 来 る と 子 規 全 集 の 軋 み 出 す
    冬 の 星 鼻 の 先 よ り 殖 え て い く
    荒 脛 巾 神 の 片 目 か 初 星 は
    お 降 り の 雪 に 籠 れ り 荒 脛 巾
    手 鞠 歌 盛 土 の 下 の 三 和 土 よ り
    初 夢 か 廃 炉 の 後 の 野 の 光
    行 方 不 明 遺 体 へ 届 け 寒 月 光
    餅 の 花 が 揺 れ る 海 光 囃 す た び
    銀 嶺 と な る 途 中 な り 肩 を 組 み
    生
の 角 や 雪 降 る 吾 妻 山
    魔 鬼 山 は 今 朝 雪 化 粧 瞼 伏 せ
    峡湾は魔鬼女の陰ぞまた吹雪く
    老 眼 と な り て 見 え 出 す 冬 銀 河
    我 が 屍 捨 て よ 狼 葬 あ ら ば



     2017年 1月    残る虫     高 野 ムツオ


    秋 風 に 如 か ず い か な る 名 文 も

    秋 風 や 峨 峨 と 鯨 の 竜 田 揚

    放 射 能 雌 伏 す 月 の 湖 底 に て

    部屋の灯を消せば十五夜残りたる

    穢 土 浄 土 虫 に な け れ ど 虫 浄 土

    金 銀 瑠 璃 玻 璃 の 雨 粒 残 る 虫

    黄 葉 し て 全 知 全 能 銀 杏 の 木

    伏 せ て あ る 茶 碗 の 中 も 星 月 夜

    コ ス モ ス は 疾 駆 す る 花 丑 三 は





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