小 熊 座 2018  高野ムツオ  (小熊座掲載中)
TOPへ戻る  INDEXへ戻る



  





     2018年 4月    堅 雪     高 野 ムツオ


    声帯が震えて雪が降り出せり

    攫われし松か雪夜を舞い出たる

    諧調は地吹雪にあり肘枕

    雪の夜や一升瓶が歌い出す

    雪の夜や眼鏡自ずと曇りおり

    雪の夜をいつ戻りしか不倒翁

    本閉じてより海溝の雪の音

    人類を悼み雪後の夜空あり

    雪晴や冥加冥加と大鴉

    狼星や屋根から屋根へ雪煙

    一列の蝙蝠傘の雪の夜

    鍋釜のその一生に雪が降る

    切株となりたる杉の秀にも雪

    焼鳥の串のみとなり雪しまき

    白鳥の隠し処へ寒夕日

    小寒の上り列車が胸先を

    雪解光祖母の肋の谷底に

    堅雪かんこ凍雪しんこ夜空より



     2018年 3月    雪 煙     高 野 ムツオ


    雪子(ゆきんこ)の冥府の舞や大旦

    流れ藻に龍の落し子去年今年

    人呑みし海あらたまの枕上

    柱状節理なり元旦の小学校

    目薬のこの一滴も初景色

    雀跳梁初日も放射能も浴び

    重なって納豆餅となっている

    白鳥の声に送られ初厠

    白鳥の声に蕩けて三日過ぐ

    夕湖心へと白鳥のただ一葦

    松過の沖一列に光の子

    流星は神の投石寒に入る

    極楽も寒夕焼か鳶の笛

    寒月は今も流浪の荒脛巾

    寒燈を連ねて津波常襲地

    命終の寒星ありてバスが出る

    寒星も飢餓の眼も数知れず

    老いてなお御火戸のままや寒昴

    戦争がありて人類ある寒さ

    もうと手を拡げ戦争戸口より

    汚染され剥がされ凍り巍峨をなす

    鬼房の声か氷が張っている

    生滅の星を見つめて氷湖あり

    童子童女信士信女へ雪の湾

    目鼻のみ残りし木這子雪が降る

    繭籠る太陽の船雪しまき

    また葦が雪を払って陽に起立

    山山も老老介護深雪晴

    雪煙上げて一村帰還待つ



     2018年 2月    強 霜     高 野 ムツオ


    カレーライス大盛世界中落葉

    動き出すどれも直前夜の落葉

    耳となり動き出すなり夜の落葉

    冥府より来ては遊べる落葉渦

    銀河の渦その中心の落葉渦

    踊り果て月下の落葉山となる

    胎内で確か見たはず冬の星

    頬にもう飯粒つかず冬の星

    胃の中のコンソメスープ冬の星

    鎖のみ見える犬小屋冬の星

    冬の星鼻の先よりまた一つ

    冬萌や伏流水に耳を立て

    冬晴の一根笠島道祖神

    木枯や玄関に靴右往左往

    冬将軍より頂戴す鳥の糞

    人の死へ匙は冬日を載せている

    もてなせり海は冬日の無量もて

    川靄や冬芽でありし夢の後

    霜の朝日鎧い背高泡立草

    強霜の野や人類に戦後なし

    はららごと名付け巨大な口開ける

    死者にのみ死後の続きて冬薔薇

    仰向けに朝日を吸って大冬田

    雑木山その胎内へ冬没日

    臍の緒でつながっている大冬木

    さざなみは夜見の蝶なり冬日和

    背後より聖誕祭の燈の電車

    大波も小波も冬至風呂なれば

    魚鳥獣骨の山とし年の夜



     2018年 1月    螻蛄の闇     高 野 ムツオ


    胡瓜囓る今日一日の音を立て

    冷飯に動く顳顬戻り梅雨

    啄木も見し船岡の夏の空

    牛は草人は牛喰う日の盛

    七十年前の産声盆の月

    七十年夕焼を溜め青底翳

    攫われし家立上る門火かな

    指先に原爆の日の痩肋

    かく武装して六年か蟬の殻

    すぐ母の鼾や夜の鰯雲

    宵闇や手足があって這って来る

    月の出や命の尽きし乾電池

    攫われし大漁旗へ月上る

    月祀る鉄路も下の枕木も

    原子炉も月見するなり涙して

    層雲の一雲として月に寝る

    まぐわいの眼上げたる月夜蟹

    月の波魚籠より月へ拡がれり

    海溝にも月光溜り死者溜り

    風音に息を合せて稲の花

    微塵子に逢瀬ありけり秋の風

    露の原露の一つにわが目玉

    星の数知っているなり八頭

    屋根の上に夜空のありて林檎パイ

    火口湖を生みしは魔術秋の風

    四方どれも火を噴きし山秋の蝶

    野分まだ雌伏しており水溜り

    胃袋に大梨一個空に星

    後の月海境よりの笛太鼓

    海隔て飢餓の闇あり螻蛄の闇





パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
  copyright(C) kogumaza All rights reserved