小 熊 座 2018  高野ムツオ  (小熊座掲載中)
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     2018年 9月    姫 竹     高 野 ムツオ


    蟻握り潰されまいと指間より

    蚯蚓螻蛄蜈蚣蚰蜒荒脛巾

    蘆のまだ幼き葉音まどろみへ

    汗ばみて母の薄髭陽を透かす

    姫竹の衣を固くして服わぬ

    愛鳥週間(バードウィーク)地下街でまた迷う

    原子炉の不治の歪みや走り梅雨

    梅雨の闇なり心の臓国の臓

         悼 佐藤きみこ

    足萎えて死す青蘆の日の岸辺



     2018年 8月    花 篝     高 野 ムツオ


    みちのくの花死化粧死の抗議

    花仰ぐ無明を生きる額もて

    肩車せよと幼霊花月夜

    厭離穢土その途中なり花筏

    鼻先へさくら一片戻り来る

    死後も続く目無千鳥花篝

    舌に固唾尻に紅塵溜めて老ゆ

    夜桜に舌あり津波語り出す

    離散して夜の斑雪となっている

    百千鳥百千の舌の炎立て

    東京も千年経てば亀が鳴く

    芽吹くゆえ目玉が疼く昨日今日

    首かしげ蝦夷蒲公英が蕾解く

    春の雲妻唱夫随に放屁して

    春北斗水に浸かりて休む箸

    山彦が月下を梨花へ通い来る

    燈を消せば星が近づく抱卵期

    葉桜か少年特攻兵の眼か

    若葉して身を揺りては深山恋う

    火口湖は永劫片目若葉光

    骨ありて軋む音せり若葉光



     2018年 7月    初 蕨     高 野 ムツオ


    金子兜太不死なり蘆が角を組む

    春空が金子兜太の肺腑なり

    金子兜太柩に一大隆起なす

    春日暑し金子兜太の血が熱し

    金子兜太秩父御火処へ帰還せり

    黄泉蹴って岩戸を蹴って雪解水

    頭の中を跳ねる雪解の小鬼ヶ瀬

    なにゃどやら夜の雪解はなにゃどやら

    雪解のすっぱね今も背に痒い

    亀虫の不動億年雪解谷

    祖母の陰大祖母の陰遠雪崩

    春の蚊が大胸筋を通過中

    胞衣笑して谷間より春の月

    春燈山の童女の笑えりき

    童女の尿濯がれ土筆誕生す

    三月十一日の泥なお爪に

    汚染土と云えど産土初蕨

    燈に濡れて女体となりぬ初蕨

    月を恋い厨の蕨匂い出す

    山と盛るべし福島の蕨飯



     2018年 6月    ポリ袋     高 野 ムツオ


    吹雪く夜の夢湧く泉汲みたしや

    氷瀑となりて震災校舎立つ

    男根も女陰も石や冬の虹

    兄弟姉妹眠る納豆餅となり

    雪の果載せて阿武隈急行線

    わが影を今薄氷が通過中

    屑籠の屑の弾力春の星

    海嶺に墓標のありと春の雲

    春泥を蠕動匍匐すポリ袋



     2018年 5月    三春駒     高 野 ムツオ


    火山弾よりも熱しや寒雀

    鬼房忌ジャガ芋人参玉葱も

    二級河川も一銀河なり白鳥に

    青黛を浮かべ姫神山晩冬

    寒星の一部になれと脱糞す

    根魚・貝・藻を寄せ雪の港あり

    凍港の光の音が天にまで

    鎖なす港の灯雪解星

    斑雪野に今も影曳き三春駒



     2018年 4月    堅 雪     高 野 ムツオ


    声帯が震えて雪が降り出せり

    攫われし松か雪夜を舞い出たる

    諧調は地吹雪にあり肘枕

    雪の夜や一升瓶が歌い出す

    雪の夜や眼鏡自ずと曇りおり

    雪の夜をいつ戻りしか不倒翁

    本閉じてより海溝の雪の音

    人類を悼み雪後の夜空あり

    雪晴や冥加冥加と大鴉

    狼星や屋根から屋根へ雪煙

    一列の蝙蝠傘の雪の夜

    鍋釜のその一生に雪が降る

    切株となりたる杉の秀にも雪

    焼鳥の串のみとなり雪しまき

    白鳥の隠し処へ寒夕日

    小寒の上り列車が胸先を

    雪解光祖母の肋の谷底に

    堅雪かんこ凍雪しんこ夜空より



     2018年 3月    雪 煙     高 野 ムツオ


    雪子(ゆきんこ)の冥府の舞や大旦

    流れ藻に龍の落し子去年今年

    人呑みし海あらたまの枕上

    柱状節理なり元旦の小学校

    目薬のこの一滴も初景色

    雀跳梁初日も放射能も浴び

    重なって納豆餅となっている

    白鳥の声に送られ初厠

    白鳥の声に蕩けて三日過ぐ

    夕湖心へと白鳥のただ一葦

    松過の沖一列に光の子

    流星は神の投石寒に入る

    極楽も寒夕焼か鳶の笛

    寒月は今も流浪の荒脛巾

    寒燈を連ねて津波常襲地

    命終の寒星ありてバスが出る

    寒星も飢餓の眼も数知れず

    老いてなお御火戸のままや寒昴

    戦争がありて人類ある寒さ

    もうと手を拡げ戦争戸口より

    汚染され剥がされ凍り巍峨をなす

    鬼房の声か氷が張っている

    生滅の星を見つめて氷湖あり

    童子童女信士信女へ雪の湾

    目鼻のみ残りし木這子雪が降る

    繭籠る太陽の船雪しまき

    また葦が雪を払って陽に起立

    山山も老老介護深雪晴

    雪煙上げて一村帰還待つ



     2018年 2月    強 霜     高 野 ムツオ


    カレーライス大盛世界中落葉

    動き出すどれも直前夜の落葉

    耳となり動き出すなり夜の落葉

    冥府より来ては遊べる落葉渦

    銀河の渦その中心の落葉渦

    踊り果て月下の落葉山となる

    胎内で確か見たはず冬の星

    頬にもう飯粒つかず冬の星

    胃の中のコンソメスープ冬の星

    鎖のみ見える犬小屋冬の星

    冬の星鼻の先よりまた一つ

    冬萌や伏流水に耳を立て

    冬晴の一根笠島道祖神

    木枯や玄関に靴右往左往

    冬将軍より頂戴す鳥の糞

    人の死へ匙は冬日を載せている

    もてなせり海は冬日の無量もて

    川靄や冬芽でありし夢の後

    霜の朝日鎧い背高泡立草

    強霜の野や人類に戦後なし

    はららごと名付け巨大な口開ける

    死者にのみ死後の続きて冬薔薇

    仰向けに朝日を吸って大冬田

    雑木山その胎内へ冬没日

    臍の緒でつながっている大冬木

    さざなみは夜見の蝶なり冬日和

    背後より聖誕祭の燈の電車

    大波も小波も冬至風呂なれば

    魚鳥獣骨の山とし年の夜



     2018年 1月    螻蛄の闇     高 野 ムツオ


    胡瓜囓る今日一日の音を立て

    冷飯に動く顳顬戻り梅雨

    啄木も見し船岡の夏の空

    牛は草人は牛喰う日の盛

    七十年前の産声盆の月

    七十年夕焼を溜め青底翳

    攫われし家立上る門火かな

    指先に原爆の日の痩肋

    かく武装して六年か蟬の殻

    すぐ母の鼾や夜の鰯雲

    宵闇や手足があって這って来る

    月の出や命の尽きし乾電池

    攫われし大漁旗へ月上る

    月祀る鉄路も下の枕木も

    原子炉も月見するなり涙して

    層雲の一雲として月に寝る

    まぐわいの眼上げたる月夜蟹

    月の波魚籠より月へ拡がれり

    海溝にも月光溜り死者溜り

    風音に息を合せて稲の花

    微塵子に逢瀬ありけり秋の風

    露の原露の一つにわが目玉

    星の数知っているなり八頭

    屋根の上に夜空のありて林檎パイ

    火口湖を生みしは魔術秋の風

    四方どれも火を噴きし山秋の蝶

    野分まだ雌伏しており水溜り

    胃袋に大梨一個空に星

    後の月海境よりの笛太鼓

    海隔て飢餓の闇あり螻蛄の闇





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