小 熊 座 2019  高野ムツオ  (小熊座掲載中)
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     2019年 6月   嫁 菜    高 野 ムツオ


    末黒野に肋骨ありその弾力

    目白の眼津波に消えし子の眼

    雪形の兎に見える放射能

    春の田の続きに母の臀がある

    初蝶はどの幼子の靴紐ぞ

    嫁菜にも睫毛がありて潤み出す

    土筆摘まれる痛そうに首傾げ

    鮊子の喰い零されて眼が光る

    夜の雨銀線なせり雲雀の巣

    寝心地にかなうものなし雲雀の巣



     2019年 5月   初 音    高 野 ムツオ


    野火走る戦争知らぬ頬掠め

    明日など見えるはずなし焼野原

    空よりも深し焼野の水溜り

    末黒野の泥濘漕いで胎内へ

    原子炉を忿怒仏とし春を待つ

    春光の電車黄泉より帰還せり

    菠薐草の根っこ地球の甘みあり

    歪でも地球は丸し春の雨

    核燃料デブリ初音に耳澄ます

    肛門に蓬が生えて来て目覚む



     2019年 4月   春 燈    高 野 ムツオ


    風花や人よりも牛尿熱し

    ポケットの福引補助券雪しまく

    声というよりも火の玉夜の白鳥

    白鳥になれずマスクをして並ぶ

    成人式の夕日大川小校舎

    節分のレールの先は消えし町

    杉の精液(スペルマ)杉の根元の残雪は

    バレンタインデイの粉雪目に沁みる

    春燈震災遺構校舎より

    春風駘蕩位牌のごとくビル並べ



     2019年 3月   雪の精    高 野 ムツオ


    父の咳家も家霊も軋み出す

    近眼の我はもとより冬の蠅

    消えてなおテレビ画面に降る落葉

    狼が走れば空を落葉らも

    蛇眠る土の大陰唇となり

    冷凍の牛・豚・鶏と年を越す

    亡き白鳥呼ぶ白鳥も去年今年

    浦ありて津あり廃船雪の下

    枯蘆は生きているゆえ陽に揺れる

    枯蘆が夕日を吸つて根を伸ばす

    雪嶺を見し眼を玉として眠る

    昼間見し雪嶺が顕つ枕上

    雪国の靴にて丸の内の闇

    迦具土の鬼哭霜夜の炉心より

    人造湖より蛇口へと寒の水

    寒蜆目鼻がありて口ひらく

    剥き出しであり原子炉も寒星も

    北冥の鯤より鮃跋扈せり

    切株に渦巻く落葉鬼房忌

    東京に山谷がありて雪の精



     2019年 2月   雪 後    高 野 ムツオ


      
羽黒山
    山伏と酌む開闢の濁り酒

    仙台白菜幾層幾重に津波敷き

    下一栗字荒脛巾冬日差

    干栗を噛んで廃炉を待つとする

    消えてより綿虫の声聞こえ出す

    裸木となりて見え出す根の力

    冬の絮蒲公英こそが宇宙船

    柴漬の小海老に星がまた着信

    花と湧く赤子の声や時雨宿

    赤藻屑は湾の陰毛潮垂らし

    少年に触れられ冬木匂い出す

    狐火に遅れスマートフオン点る

    霜の夜の楽天市場また余震

    追焚の年湯に目鼻のみを出し

    流氓にして一本の牛蒡注連

    人に初日馬には馬頭観世音

    読初の迷宮に入り一眠り

    歯の間に雑煮の芋茎日が翳る

    銭湯の絵が極上や初富士は

    初旅は海へよれよれ切符手に

    寒雁の天華の声を額もて

    見えぬ手を繋ぎ雪後を鶸の群



     2019年 1月   大 扉    高 野 ムツオ


    津波かぶり怒濤をかぶり小浜菊

    赤とんぼ怒濤に翅を浮かべる日

    どれも足揃えて雨の死人花

    心臓に再稼働なし星月夜

    虫の夜の鼓膜のような大扉

    月明の滅びの仲間海坊主

    この頃は不知火汚染土置場にも

    野葡萄や被曝の村の歌声す

    我もまた震災遺構冬に入る

    怒濤音冬蒲公英に来て止る

    手帳にのみ歳月残り冬の雨

    山巓に星を打ち付け冬の虫

    腰紐によき狐火が向こうから

    被曝牧草ロール冬日に肥大化し

    青空と翅のみ残し冬蜻蛉

    初冠雪口中を唾あふれ出す

    酢牡蠣これすべて内臓舌で吸う

    人の波尽きて凍れるマンホール

    息白しゴジラの息はより白し

    枯野より金子兜太の寝息する

    枯蘆の魂振り終えしのちの星

    手触りは樹海のごとし熊の皮





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