小 熊 座 2020  高野ムツオ  (小熊座掲載中)
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     2020年 11月   夜の露    高 野 ムツオ


    母の怨念籠りて甘し胡瓜揉

    肋に手置いて眠れば雲の峰

    冷房や蝙蝠ならばぶら下がる

    ぎんどろの葉が銀河へといつせいに

    秋雨や鞘翅たたみオートバイ

    海辺より台湾葛が這つて来る

    蘆の花見えない星へ揺れ続け

    雨の川その両岸の虫の声

    サルビアの焔股間を上り来る

    穢の国の誕生仏として夜露




     2020年 10月   稲 光    高 野 ムツオ



    プラツトホームは飛べない翼大南風

    雨粒を天与と挿頭し姫女苑

    紫陽花のようなヘルペスまた唇に

    疫病へ梅雨の肺胞膨らます

    吸う息に合わせ餓死風(やませ)もウイルスも

    蚊の声と満員電車のマスクの眼

    千倉由穂蝶蝶蜻蛉を口寄せす

    海境は蝶蝶蜻蛉の翅の先

    脱ぎ捨てしパジヤマの中の虫の声

    見えぬものもつとも怖し稲光




     2020年 9月   大 袋    高 野 ムツオ


    老鶯や如何なるものを呑み込みし

    蚕豆の莢痛そうに剝がされる

    夜の葭切妻が眠れば鳴き出せり

    螢火であれば誤嚥もまた楽し

    暗涙の蕾を蔵し破れ傘

    わが夏のまずはダイソー大袋

    枯骨ゆえ新樹と並び胸を張る

    空ペットボトルの口が虹を呼ぶ

    梅雨空とビニール傘と密接す

    雨垂れの永久に沖縄慰霊の日




     2020年 8月   南部煎餅    高 野 ムツオ


    洗つても五欲は消えず春夕焼

    疫病や蝌蚪沈んではまた浮かぶ

      
日本現代詩歌文学館
    億万の詩歌それぞれ梅雨に入る

    泥の木は北の木飛べぬ絮を敷き

    万葉の一葉として雷雨待つ

    人には見えぬ光を蔵し梅雨の森

    荒脛巾神に応えてはたた神

    日髙見のここは胸奥螢湧く

    てのひらに螢火這つた跡がある

    南部煎餅梅雨の湿りの嚙み応え



     2020年 7月   花の闇     高 野 ムツオ


    瞬かぬ春燈ばかり疫瘧(えやみ)の世

    新型コロナウイルス無数の野生の目

    紀元節汝が名はC O V I D ―19

    ウイルスも黄塵もただ纏い坐す

    孤狼の眼にも疫病の大桜

    ウイルスもミサイルも飛ぶ花の闇

    ウイルスに翼膜ありて花の闇

    殺処分待つしかなきか花の闇

    春の闇公衆便所その中も

    人絶えしのちこそ花の吉野山

    春の夜の必死に笑う志村けん

    疫病の蔓延る星と春の月

    昭和の日マスクの列に犠牲者も

    道端に捨てられマスク歪み出す

    蝙蝠の冤霊の影夕空に

    我も蝙蝠肩甲骨を動かせば

    葉桜に人類絶滅以後の音

    梅雨寒や金剛不壊の雀の眼

    梅雨の夜の老体なれど飛行船

    ウイルスに絶滅はなし緑の夜



     2020年 6月   牡丹雪     高 野 ムツオ


    怒りもて永久凍土動き出す

    熊は皮を大地は土を剝がされる

    老残の肋に牡丹雪が降る

    羽毛布団の羽毛蠢く春の夜

    胞衣出でし時も皺くちや梅の花

    春の闇万年筆となりて吸う

    胎児にも種蒔兎見えている

    雪形や山の心臓ある辺り

    河野裕子の歌晩霜の畝の列

    東日本大震災忌狼声す



     2020年 5月   白鳥二羽     高 野 ムツオ


    白鳥二羽いや暁闇の二神なり

    氷る田に氷る白鳥その血肉

    星の音するか白鳥首伸ばす

    白鳥の争う声が眠りまで

    炉となつて眠らぬ雪の夜の白鳥

    鉛筆は吹雪の夜の電波塔

    傴僂(くぐぜ)して元より邪鬼ぞ雪しまき

    雪の暮山も母胎へ還るなり

    雪の田の天女のごとき息遣い

    小さきはみな神冬の蠅もまた



     2020年 4月   狐 火     高 野 ムツオ


    目も口も耳もなけれど大冬木

    大福はおのずと凹み冬銀河

    返り花心臓ありて鼓動せり

    髪で髭で陰毛であり冬の森

    狐火や狐火見しと語る眼に

    冬陽炎の像の一つとなり立てり

    水洟や空爆をもて年明ける

    暖かきこと怖ろしき福寿草

    決壊の川も人家も初霞



     2020年 3月   冬 燈     高 野 ムツオ


    豊饒の海豊饒の汚染水

    銀河へも放出するか汚染水

    汚染土袋子袋として蓼の花

    震災遺構校舎十五夜お月さん

    霧の少年触角を立てペダル踏む

    稲の寂しさ極まり稲穂波となる

    臀呫蜻蛉死なずと出水上空を

    らづもねえことがあつたと螻蛄泳ぐ

    蘆の花水禍ののちの陽に膨れ

    秋燈は目薬よりもよく沁みる

    星の出へ潤目無数の藪枯らし

    老猫の夢寐に生まれし露の玉

    核燃料デブリと熟柿似て非なり

    西に水銀東にデブリ菊を采る

    櫟の実栃の実樫の実も宝

    紅の一縷となつて雁渡る

    水中を途中で死にし雁の声

    凩や溶岩(マグマ)噴き出すハンバーグ

    睾丸二つ冬日が二つある如し

       中尊寺
    義経も踏みし薄雪靴先に

     
達谷窟
    仏には北限はなし一位の実

       栗原神楽
    幣束の揺れに始まる里神楽

       伊豆沼
    鴨の声白鳥の声人の声

    寒雁へ沼瞳孔をひらくなり

    チョコレート割りたる音が凍空へ

    一陽来復南京豆が転げ出す

    雪女吐きし炎が土間にまで

    河枯れて都会の空の隙映す

    空深く根を巡らせて冬銀杏

    今死にし凍星もあり龍角散

    洪水の村白鳥の声沁みる

    白鳥の幼鳥きつと水の精

     炎天寺
    冬眠の蛙の幻夢雨の寺

       純君へ
    三尺の童は無二や冬燈

    無能無才冬日に翼広げ干す

    山なべて腸ゆたか初茜

    我が宝船餅花に揺れるのみ



     2020年 2月   新 月     高 野 ムツオ


    祖もその祖も虹色蠅の翅

    蠅取リボンこれリボンかと蠅喘ぐ

    螢火や子返しの闇幾重にも

    やませ這う赤ん坊にも遺影にも

    まくなぎに首を竦めて親不孝

    攫われし子の顔となり大花火

    妻子には妻子の未来夜の雷火

    黒揚羽その弾力が頭上より

    国老いてなお海月なす漂える

    朽縄はくねりて動く晩夏光

    天の川その一端のバスタオル

    ハムの断面星河となりて動き出す

    銀河系宇宙の声ぞ蚊の声も

    土蜘蛛か二百十日の天井に

    味噌汁に目玉が映る今朝の秋

    秋風や縛られ飛べぬ新聞紙

    秋風やことにポストの赤に沁み

    落鮎の光の手足簗を打つ

    冷凍まぐろ時々星が流れおり

    露草を踏めばたちまち河童子

    海底火山あまた並べて草の絮

    瞳孔に蝦夷野紺菊悪路王

    津波とは漂浪(され)きし波か彼の世より

    誕生よりここは遊星糸蜻蛉

    虫の夜の地球あえかな涙粒

    高潮へ鉄壁なせり虫の声

    国史ありて虐殺史なし虫の闇

    虫の闇虫の眼の中にこそ

    便所こおろぎ跳梁跋扈また跋扈

    新月や狂死の猫と餓死の牛

    不知火が常磐沖になぜ点る



     2020年 1月   蒜香郷 2     高 野 ムツオ

             
―原郷栗原岩ヶ崎の古名、蛭子神を祀る―

    蠅叩く赤銅色の父の唇

    廃絶の一男根として汗す

    水飯に噎ぶ父捨て母を捨て

    旱田の亀裂が血脈朝日浴び

    そのたびに位牌が見える稲光

    孫太郎虫呑み込み眠る天の川

    冷飯はよく嚙みよく呑め秋の蟬

    蟋蟀や死ぬまで続く覗き癖

    稲の香に眠る一揆の裔として

    鉱山史とは鉱毒史虫の闇

    鰈の粗舐れる祖母の舌美し

    蘆の花水子も壜も口丸し

    桃の木の夢に生まれし冬の雲

    もう虫の声ではないが冬の虫

    凩や馥郁と月孕みおり

    山道の冬日溜りが母の臀

    包丁に残る葱の香星の音

    緒絶えし野田玉川冬の月

    杉山は母の胎内初明り





   
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