2022年 12月 かがんぼ 高 野 ムツオ
蠅取リボン豪華に吊るし父貧し
呑込みの悪さ生来心太
今も迷子ががんぼを踏み西日踏み
伊藤比呂美
いつか死ぬそれまで生きる雷雨浴び
腕時計しだいに重し木下闇
プレートテクトニクス氷菓を舐めながら
太陽を這つて大蟻わが頰に
みちのくは
椎結け身を文けて螢飛ぶ
恋螢その寸前を箒にて
火葬熱し土葬冷たし世は暑し
煩悩の果て朝顔が絡まりぬ
2022年 11月 豆の飯 高 野 ムツオ
バスタオル夢想す春夜ハンガーに
音楽室より一筋の春の川
水分は雲上にあり蕗の薹
燕の糞天恩として首筋に
万朶とは万死にあらず夜の桜
笛太鼓鉦も水子や花筏
雀の鉄砲桜の大軍なら許す
また孩児立つ向日葵の種蒔に
詩想とは夜の代田に宿る雲
遺品とす津波の川の蘆の角
林檎の切株へ林檎の花が散る
マスクするなんてと若葉風が過ぐ
夏風邪を土産に東京駅を発つ
若竹となるまで首を撓らせる
何処へ行くのかと青梅転がり来
引き込まれないよう注意万緑は
梅雨の夜の鴉の眼その光
梅雨鴉翼ひらけば捨聖
豆の飯豆の光に噎せながら
乗り難し夕焼雲と母の膝
2022年 10月 初 蝶 高 野 ムツオ
朝粥にまで白鳥の川の綺羅
手術待つことも老楽梅の花
手術衣を産衣としたり梅日和
手術台の仰臥の上を春の雲
初蝶や見えない闇を喰い破り
死すとも可春の銀河を誤嚥して
三春素麺扇開きに地震の闇
春日宙嬉嬉とこの世の埃たち
黐の春落葉を肩に癌患者
春雷の転げて弾む痩肋
2022年 9月 寒 雀 高 野 ムツオ
映像の癌美しや寒燈
癌が喉を侵襲中ぞ寒の雨
大寒のヒマラヤ杉が夢に舞う
夕凍や非常階段だらけの街
終点のなき鈍行で冬日まで
冬青空一角切つて胸に貼る
雪しまきいつたん止みぬ鬼房忌
はにかめる風花なれば心中す
冬眠のなき鳥類へ星が降る
筋骨が弾け飛び出す寒雀
2022年 8月 梅雨鯰 高 野 ムツオ
鬣と尻尾生えそう雪解風
枕カバー抜け出す春の夜の枕
春宵にポケットありてマスク出る
春暮の森手足が生えて動き出す
靴先よりまた大空へ花吹雪
杉山の奥も杉山義経忌
山霊に呼ばれ山翡翠一直線
葛の葉が家を呑み込むこれも愛
夏痩せの夢から抜けし足二本
鬚をもてイデアを語る梅雨鯰
2022年 7月 首の骨 高 野 ムツオ
一日の麦の芽の丈匂い立つ
寒星やすべて我らに委ねよと
何度も首廻せど鶴になれぬなり
眠る時なぜ見えるのか寒雀
鳶止まる寒の夕日の真ん中に
寒を生く南部煎餅歯で割つて
鼻擤んで目脂拭き見よ雪の嶺
音楽室夜見にもありて春の川
首の骨鳴らせば桜蘂が降る
2022年 6月 鬼剣舞 高 野 ムツオ
まぼろしのすすきが揺れる聖塚
鬼剣舞扇合わせて祖霊呼ぶ
まだ動く気配なき森ハロウィン
手平鉦雪も浮かれて降り出せり
凍天まで南部煎餅割れし音
冬青空行なり扉すぐ閉まる
金剛杵手に手に雪解水踊る
岩崎の斑雪を踏めば我も鬼
2022年 5月 夜の炎 高 野 ムツオ
自らの水脈白鳥は振り向かず
白鳥の水脈人の世を祓いゆく
白鳥には何処も太古雪の暮
白鳥の水搔思え眠るとき
白鳥は極北の鳥夜の炎
白鳥の黒眼に如かず我が欣求
空飛ぶため白鳥蘆の根を囓る
白鳥引く首抜けるまで首伸ばし
夜空飛ぶ時は汽罐車白鳥引く
2022年 4月 穢土の雨 高 野 ムツオ
穢土の雨着きしばかりの白鳥に
枯蘆と白鳥一穢なき同士
街灯に曝され白鳥一家族
妻を呼ぶ白鳥の声黄泉の国
白鳥の心臓の音星を生む
白鳥の声ぺしゃんこの空缶へ
白鳥眠る日輪滅ぶ音の中
白鳥の氷れる声が打擲す
白鳥が飛べばハンガー揺れ出せり
永劫の疫病白鳥鳴き止まず
2022年 3月 さくら蝦 高 野 ムツオ
渋滞の尾燈なれども聖夜の燈
金華山鯨のごとく波間より
妙音が出そう湯冷の痩肋
畳より柱へ上る冬日差
ゴミ箱の海老の尻尾へ天の雪
爪切れば死後へ飛ぶなり寒燈
雄勝法印神楽海鳴り背にし
兜太忌の谷間朝日子あふれ出す
赤黄男忌の汐入川に雲の鰭
山の闇背負いてさくら蝦抓む
2022年 2月 朝日の音 高 野 ムツオ
死人花その鱗茎と冬を越す
時雨忌や詩にもウイルスあるべかり
冬林檎囓る朝日の音を立て
歳晩の潮や疼くまで匂う
いつのまに整列したり除夜の杉
ちんぽこと一緒に除夜の湯に浮かぶ
白河以北一山百文注連飾る
大川小遺構初日に軋み出す
初夢や頭蓋をあふれ無辺へと
九十を越えて妙齢年酒酌む
2022年 1月 猟師町 高 野 ムツオ
冬青空毛細血管巡らせて
海の底にても引き摺れ千歳飴
ワセリンを塗つたのは誰冬の星
かの世より冬木の桜腕延ばす
卑弥呼句会
年忘れ津波を見たる顔ばかり
津波の記憶ありて瞬く冬燈
年を守る漁師消えたる漁師町
白鳥一声歳神様を招来す
白鳥の血潮に応え夜の雪
眠らんとすれば白鳥またも呼ぶ
凍土に噴火しており牛の糞
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