小 熊 座 句集 片 翅
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句集『
 平成28年
 邑書林
 

  
    

        片 翅   高野ムツオ

   目 次

     蝶の息   平成二十四年

     百 燈   平成二十五年

     蕨 手   平成二十六年

     甌 穴   平成二十七年

     花の奥   平成二十八年


   自選十句

     揺れてこそ此の世の大地去年今年

     死者二万餅は焼かれて脹れ出す

     みちのくの闇の千年福寿草

     涎鼻水瓔珞として水子立つ

     南部若布秘色を滾る湯にひらく

     福島の地霊の血潮桃の花

     星雲を蔵して馬の息白し

     俳句またその一花なり黴の花

     原子炉へ陰?出しに野襤褸菊

     戦争や葱いっせいに匂い出す


 あとがき

  本集は『萬の翅』に続く私の第六句集で、平成二十四年

 (2012)春から平成二十八年(2016)春までの四年間の作

 品より395句を収めた。十年数か月間の作品を収録した

 前句集に比し短期間での発行となったが、70歳を迎える

 にあたって一区切りをつけておきたいと思ったのである。

  水晶の原石のように手触りは粗くとも深い透明度を蔵し

 持った言葉を掘り当てたいとの願いは強まる一方だ。

  このたびの句集は邑書林の島田牙城氏に一切を委ねた。

 装丁も私の意を汲んで創意を凝らしていただいた。併せて

 心から感謝申し上げたい。

     
平成28年9月15日

                     高野ムツオ





  死して生きる俳句―『片翅』     坂口昌弘



    翅を欠き大いなる死を急ぐ蟻   鬼房

   億万の翅が生みたる秋の風   ムツオ

   福島は蝶の片翅霜の夜       ムツオ

  
高野ムツオが「翅」を意識しているのは、鬼房の影響であろうか。

  鬼房もムツオも、「翅」は「生命」の象徴として詠まれている。

  福島は大地震以来、翅の半分を失っている。

   草木国土悉皆成仏できず夏

  本体の「悉皆成仏」は、万物は生まれながらにして仏性をもっていると

 いう意味であり、この句では、人のみならず、津波に襲われた国土・自然

 は成仏できないままであるという意味となっている。


    幼霊の跳ね戻るべし大夕立

   凍る太陽壁に未だに死者の声


  いまもなおムツオは、幼い霊を思い、死者の声を聞いている。

    揺れてこそ此の世の大地去年今年

   富士山も一吹出物冬日和


  造化自然の営みを無為自然のままに捉えている。

  大地震は発生しても仕方がないという造化随順である。

  富士山もまた古代のマグマの吹き出物であった。

   蠅もまた蠅の精霊背負い飛ぶ


    てのひらに雪の香そして雪の精

  蠅には蠅の霊があり、雪には雪の精霊がある。

  作者は客観写生ではなく、いつも自然の精霊をみている。

   地母神が深息をして春の空

   鶯や神は海光もて応ず

  作者にとっての神とは何か明瞭にわからないが、作者は地霊という神の

 息を感じ、海光を生み出す神を感じている。

   億年の途中の一日冬菫

   宇宙には隅などあらず寒の鯉


   冬眠の蟻の頭中も一宇宙

   全身をたましいとして蛇眠る

  一句目は、橋石の〈蝶になる途中九憶九光年〉と、漱石の〈菫程な小

 さき人に生れたし〉を連想する。

  作者は何になる途中であろうか。漱石のように、菫になりたいのかもし

 れない。


  作者の俳句のテーマの一つは「宇宙」であり、物理的「宇宙」と、精神

 的「宇宙」の両方を含み、その宇宙は無限である。


  蟻の生命は、人間と同じく無数のDNAの宇宙であり、頭もまた複雑な

 宇宙世界であり、生物科学でまったく解明されていない世界である。

  蛇の冬眠中の身体は眠ったままであるが精神は魂となっているようだ。

   流されるために生まれし雛の顔

  人間の穢れを人形(ひとがた)に乗せて流すのは、道教の信仰が渡来し

 たものである。穢れと祓いの考えは道教神道から日本の神道にはいったも

 のだ。

 と梅原猛はいう。


    死後などはなし凍裂の岳樺

   死して生きる吉田松陰梅雨の闇


  死後はないとは、作者の今の思いであろうか。

  死後の霊はない、死後の転生はないという思想であろう。

  自らの生命は死と共に終わるが、松陰の魂は辞世の歌と共に、この世に

 留まり、他人に乗り移って精神が生き続ける。


  松陰の魂がこの世に残り明治政府を樹立させる精神となったように、作

 者の体は死と同時に滅びるが、精神は俳句となってこの世に残る。読者に

 とって、俳句の言葉は死語も生きる作者の霊であろう。





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