小 熊 座 2009/8 №291 特別作品
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 2009/8 №291  特別作品
  
          
   

   
誓子忌       越高 飛騨男

  金沢の関守石の初音して

  わが飛騨の蒼き土間土筆長け

  初燕わが飛騨の山蒼きこと

  蛇の主の殻を寿の字に春囲炉裏(白川郷)

  神田家の蛇がぬうっと春囲炉裏

  千年杉伊勢路は春の御湿りに

  春嵐果てたる伊勢に手櫛して

  春の雨伊勢の温みのさざれ石

  伊勢にきて初蝶を待つ心地せり

  春昼の膳が並んで伊勢うどん

  伊勢うららおかげ横丁誓子舘

  誓子舘となりは春の太鼓連

  「色を詠む」誓子舘から春の人

  春を笑み白髪誓子黒ネクタイ

  春の人波誓子は色を詠み尽し

  誓子舘出るやたちまち春の色

  内外に春の色立つ誓子舘

  三重に句碑六十一基誓子忌なり



    あらくさ       吉本 宣子

  无寿国(むじゅこく)とひとつばたごを指せり母

  星屑を昨夜(よべ)喰ひたるは魑魅なる

  奔流の空がふるさと山藤は

  山藤の一房ずつの波頭

  幼霊は柳の糸の飛ぶさまに

  みちのくへゆきたし藤のたましひは

  あらくさ垂れし広島の後背(うしろぜ)

  神を帯ぶ一蛍火も杳かなり

  喘ぎ来てみれば涅槃といふところ

  磔刑の高さに八月十五日

  日輪のいつまで花の種を選る

  (いはほ)(ほと)梅雨月生まれゐるところ

  太陽の(かうべ)かぐろし苗代寒

  新緑の地べたに坐り何を待つ

  死の国にも稜線あらむ時鳥

  英霊を待てば水底よりやんま

  わが影の聳えてゐたる花野かな

  涅槃図に耳欹ててをりしかな

  あおとかげ行き交ふ拈華微笑して

  銀河より還りて草をむしりをり



    九月来る        大澤 保子

  人形のあうらの並ぶ海市(かひやぐら)

  風折れの紅梅といひ手渡さる

  豆腐やのラッパよ鷹は鳩と化し

  一山は大き揺籠かたご咲く

  くれなゐは忘却のいろ三鬼の忌

  戦前の本所(ほんじょ)の土をひたに恋ふ

  晩春のソフトクリームはカシス

  語りつぐ「博物館学」山滴る

  森深く大姥合に対面す

  玄天を擦過してゆく揚羽蝶

  自転車は巨大カマキリ夏おぼろ

  螺旋階埋むるなんぢやもんぢやの花

  夕焼けの無人駅よりひとり乗る

  源平うつぎ壁に掛けある人体図

  四万六千日零番線に人を待つ

  水甕の水の水位も暮の秋

  源泉を汲み上げてゐる流れ星

  きらきらと悲しみはくる捕虫網

  幽天へぼんたんの種抛りあぐ

  九月来る杉のいのちの水貰ふ



    純白        日下 節子

  百合匂ふ大往生の通夜の席

  通夜の窓春満月のあふれをり

  夜桜を遠目に母の忌なりけり

  慟哭の夢より覚めて春浅し

  聴きもらす母の一言夕桜

  母逝きて弥生の日々は翔ぶごとく

  囀や母の声かと振りかへる

  スコップに母の筆跡鳥雲に

  囀や写真はどれもはにかみて

  哀しみに序列ありけり雨の蝶

  母の座は今も日向に桜の実

  薫風や退屈さうな母の杖

  万緑につつまれてをり母の墓

  さびしさの数だけ咲けり月見草

  真つ新な闇は母なり月見草

  月見草ひらけば母の声のして

  夕闇に小さき風あり月見草

  姿見に母がきてをり月見草

  月見草咲かせて母のゐない日々

  月見草この純白が母の魂




  
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