2009/12 №295 特別作品
ゴドーを待ちながら 矢本 大雪
平方根つむぐ苹果の熟れるまで
露草の暗渠をはしる銀の川
魂の藍あせてゆく暮の秋
白桃の一弦琴をつまびきぬ
実むらさきいまも未来という言葉
木通のなかの甘き天体忘れもの
なにを募らせて身内の鳳仙花
嬰児口あけて色なき風おこす
感情を押し殺しつつうろこ雲
仲秋の臍のあたりに放置自転車
月夜茸人に死があり大地あり
そぞろ寒みんなゴドーを待ちながら
家族だった光の束のエノキダケ
再会という枝豆の指の味
紅葉につらなる鳥居迂回せん
羊雲と徘徊しだす静物画
数え唄積むは死骸の赤とんぼ
十月の峠のように臥すマネキン
菊人形鬆の立つ記憶めぐりけり
案山子たち異口同音に人嫌い
死者生者 阿部 流水
八月の古里めざし死者生者
ケロイドの姿尊しヒロシマ忌
放心のまま授乳せる原爆忌
戦場のごと群生の曼珠沙華
ビル街の影なだれ込み大西曰
秋の蟇山懐に野火一つ
胸奥の闇を濃くする虫の声
月光に搦め捕られて遊離魂
もしかして此処が浄土か望の庭
一切を流して澄めり天の川
梟の眼が冴え街の灯は遠し
復活の光を纏い秋の薔薇
彼岸花ことしも咲けりDNA
何事も一生懸命法師蝉
ガンジーになれず蟷螂斧を振る
古里へ帰りし鮭の傷だらけ
雨しとど秋草の野の乱れよう
ビーナスの現れそうな薄波
香水の香り残して秋の風
天空へ突き抜けている秋桜
針千本 渡部 州麻子
日の丸の純白へ秋来たりけり
かなかなのいきなり間近なり厠
猫じやらし苛め有給休暇かな
青天のけふ虫籠に死なせけり
自棄といふわけではないが烏瓜
黒豹の背の波打てる秋気かな
子規の忌に生まれて君の大きな手
散つてもう曼珠沙華ではなくなりぬ
秋夫へ掲げ赤子をかがやかす
祈ることなんか知らない鶏頭は
いい葬儀でしたコスモスまつ盛り
十月や夕陽のいろの擦過傷
すすきすすき嘘ついて飲む針千本
月光の重さに猫の老いにけり
酒になるまでやまなしを眠らせよ
月に声貰ひしはサーカスの象
薄荷飴みたいな朝を鳥渡る
シは銀にドは金色に秋深む
深秋のこころに黒き猫飼はむ
黄落へ日矢シンバルの鳴るごとし
夏から秋 (悼句) 増田 陽一
気象図や思はざる死は夏にあり
鶏鳴や夏の関節外れたり
極限に来て黙したる暁の蝉
死者となほ語らひ尽きず牽牛星
骨壺に余るものあり花野行
ひょんの笛探しに行けり自転車で
白鳥によく突つかれし哲也さん
残る白鳥換羽期となり沼静か
秋燕とならぶ碍子も旅立つか
葛の蔓手探りてまた葛の蔓
田中哲也さんは千代田線北柏駅で僕は南柏だからまあ近所同士で、『土の会』が芭蕉庵であった頃、
「また銀河鉄道で帰ろう」と言っては近くの早稲田始発の荒川線の都電で大回りして帰った。彼は朝早く
来て吟行をしていたようだ。投句時間になって戻ってきては、「句が出来ない。一句もない……」と騒ぐの
だった。彼は出来ないと言う時に限って高点を取ったから誰も気にしなかった。今年、春頃から『土の会』
も休みがちで、夏になって僕が句会のコピーを送ったら電話で有難うと言った後「みんなの句は難しいな、
僕は判らないよ。」と、少し何時もの明るい調子と違うのだった。 「例の会」と言う、近郊の俳句好きの集ま
りで、昨年は手賀沼で蓮見舟の句会をやり、荷葉酒を回して彼は最もたのしそうだった。今年もその蓮見
舟の句会をするので、高点句だった彼の
仲よきことは美しきかな蝉の尿
を引用して葉書で誘ってみたけれど、来なかった。行こうと思ったらしい事をあとで聞いた。
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