2010/2 №297 特別作品
落 丁 木村 えつ
枯葦に潜む真言聴き洩らす
くらやみの海見て老ゆる冬の犬
兎には眠らぬ草が良く似合ふ
等身のハープより出づ雪の音
たなごころ合せて霙雪にせり
雁行の一糸乱るる悲願かな
初恋と林檎の固さ藤村忌
豹の香のコートの裏の願ひごと
発心を明日に預け日向ぼこ
昼寝覚誰か棺を用意せよ
鴨の水若い飛沫を散らしけり
たましひに匂ひあるかに冬薔薇
顔なぜてある日胡桃になつてゐる
横顔に語りたきこと冬夕焼
落丁の書を開くかに古日記
敗れては枯蟷螂と同じ夢
膝行の歳月われに大石忌
寒月光例木の肌荒けづり
毛糸玉いつも眠らぬ母が居る
胎内の音揺れどほしレノンの忌
星曼荼羅 阿部 菁女
枇杷の花仏めぐりの旅始まる
田仕舞の人に大和の道を問ふ
秋篠は白山茶花の散る中に
秋篠の木の実時雨を賜はりぬ
この寺の闇司る冬の虫
足下に冬が来てをり八一の碑
菩提樹にところ定めて残る虫
菊くくり大和は冬に入らんとす
冬あたたか帯ゆるやかに伎芸天
咳ひとつ秋篠寺にこぼしゆく
ままごとの童がふたりお茶の花
わが影の月光仏にのびてゆく
夢殿の屋根見えてくる葱畑
夢違観音と秋惜しみけり
水瓶の胴のふくらみ十二月
斑鳩の菊の香深く深く吸ふ
初冬の水に浮かびて中宮寺
奈良に来て奈良の仏と葛湯のむ
大伽藍白手袋が落ちてゐる
冴え冴えと星曼荼羅の鬼瓦
余 生 橘 澪子
薄氷をそよ風がなぜ行き止まり
深酒の杖たしかめる放哉忌
高々と小鼓打つや春の雷
春を待つ切通しから天を見つ
老いの身に薄紫や更衣
運河にて海月げらげら笑ひけり
道端に生きる証や夏薊
喝采のとぎれとぎれや青薄
島消えて一灯となり木守柿
御用邸紅葉のなかに雲隠れ
長き夜や貸車の連結音ひびく
吾亦紅その一本の揺れやまず
子なき身は座して暮らしぬ寒椿
ひめごとをひらきはじめるシクラメン
冬の天象は静かに後ずさり
能面の含み笑ひや虎落笛
ひとまずは余生のひとひ暮早し
色褪せし赤は日の丸実南天
雪が来る不況は去らず仁王堂
ロビーはいま癌待合所日短
裏日本 柳 正子
十二月八日ラジオに耳澄まし
雪雲に雪溜めてゐる裏日本
魚野川雪来る匂ひ濃くなりて
膝さびし雪雲徐徐に重さ増し
海は佐渡の青き揺籃荒れる冬
幼な名を呼ばれたやうな冬田道
よく晴れて枯野の涯に枯野あり
二本足も四本足も冬野原
風鳴りの星ふりかぶる芒原
回転扉どこか星座の歪みて冬
病むといふ自覚なけれど冬の蠅
のべし手を綿虫それてゆきしかな
ぽつぺんの音の淋しき初時雨
荒海や時雨は村をそれてゆき
山国の東西南北冬の雨
凩が毀してゆきぬ夫の夢
霜の夜の情死が一番などといふ
オリオン座動き出すなり霜柱
寒鴉空の向うにある太古
胸深くいつか咲くらむ冬たんぽぽ
日常唱詠 野田青玲子
落城のごと残照の藁塚の村
鳥渡る空の沸点寝て読む寡婦
水の秋ギターが虹のこゑを出す
露山河ゴンドラ個個に別れ行く
墨染めの鼯鼠飛ばす満月よ
タツプ踏む寒夜未来を追ふ如く
ごぼごぼと雪の湯地獄我に言ふ
雪狂ふ水琴窟の間抜けな音
拍手して骨の音出す達磨の忌
墓に手を置けば鬼房忌の四温
雪形を乳房と決めし日の記憶
雪に塔刺して羽黒の大雪解
氷盤に美女のきりもみ春雷か
歯科模型歯を剥き出して解氷期
我が死後も真つ暗闇の出水川
巴里祭の蛸壺海に覆る
どくだみの日陰に匂ふ淫ら午後
幽霊の指紋有や無や鷗外忌
伯爵の分家の分家雷雨の樹
夏蝶の遥か羽ばたく音叉かな
南部の小春 太田サチコ
陸前の堰の流れや山眠る
標識のけものに注意笹子鳴く
雪暗れや道路工事の交差点
川幅の少し広がり冬ざるる
ここよりは南部の領ぞ小春凪
手折りたる残菊の精かすかなり
鈍色の南部の空よ石蕗咲けり
虎落笛イーハトーブに谺して
初雪の洗礼なりし露天風呂
冬月の百年橋は黙の中
冬ざれや石を起こせば石の跡
分校の木立を透かし雪しぐれ
敗荷の皺生む水面日暮れたり
冬虹の零すまほろば錦秋湖
朱の鳥居石の鳥居や神の留守
裸木の仁王立ちして風となる
風花にまぎれ少しの嘘を言ふ
衿巻をふはりと掛けてバスを待つ
トンネルの鈍き明かりや冬旱
年木積むイーハトーブの深庇
雀の家族 渡辺 智賀
ごきげんな水車でありし秋の水
父母の影追ふように秋の蝶
雀の家族陽だまりの櫓田に
栗駒の空ひたひたと神の留守
月と私水底にあり抱かるる
又三郎の風どどどどと神遊ぶ
阿武隈の風岐れけり瓢の笛
墓までの一本道や枯葎
駅にある角川文庫冬はじめ
夕映えに影したたらす石蕗の花
午後からは風の居座る神の留守
半刻の光を捉ふ唐辛子
母郷いまジンタの中の一の午
空の青まつさかさまに冬の鳶
夕べの日ひきずりおろす葉鶏頭
舟唄の流れて行くや火燵舟
鬱の日は力ゆるめる昼の虫
鉛筆で画く錦秋湖冬ざるる
冬ざれの川波尖る雫石
呼び交す芦の向かうの小白鳥
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