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 小熊座・月刊 
  


   2010 VOL.26  NO.299   俳句時評



      ねじめ正一的こころ           大 場 鬼奴多

  詩人で作家のねじめ正一が心に響く言葉たちを詩から、歌から、俳句から集めて、『ぼく

 らの言葉塾』(岩波新書)を出版した。

  一時間目・発見!自分の言葉/二時間目・言葉の関節を外す/三時間目・こわして作

 る/四時間目・声で遊ぶ/5時間目・詩の秘密/六時間目・子どもの秘密。文字通り、塾

 の授業のような構成だ。

  ねじめ正一は東京・杉並の乾物屋に生まれた。青山学院大を中退後、「なんで自分が

 詩を書いたりとか、小説を書きはじめたのかということを考えていたら、よくわからないん

 ですよね」といいながら、詩を書いて生きるとの強い思いから、二十七歳のとき、民芸店に

 転じていた家業の店番をしながら詩人をめざした。

     風に落つ蠅取リボン猫につく      ねじめ正也

   これは父・正也氏の一句。この句から題をとった句集、『蠅取リボン』は一九九一年五

 月、書肆山田からねじめの手により出版された。これより先、乾物店のころの父のことや

 商店街の様子などを書いた『高円寺純情商店街』が直木賞を受賞した。昭和が終った一

 九八九年に上梓された作品だった。

  後にねじめは「親父の句集」という短いコラムに、こう記した。

  私の親父は俳人であった。俳人といっても乾物屋をやりながらの俳人であったから私に

 とっては半分は商人で、半分は俳人であった。(中略)そんな親父が五十代半ば脳溢血

 で倒れた。二度目に倒れたときは右の神経も左の神経も麻痺して寝たきりの状態になっ

 た。私はここで親父に思い切って句集を出すことを勧めた。断られると思ったが、親父は

 うなずくではないか。

  俳句というものはものすごく古臭く、定型?何が五・七・五!カビが生えてるみたい、そう

 思っていたという。
いくら頑張ったって結局、五七五だと。それもあって自身は現代詩にい

 ったというところがある。数年前に体調を崩して、詩も小説も書けなくなって、もう本当にダ

 メだと思ったときに俳句に救われたという。俳句の定型の力に救われたという。

    満月を四ツに畳んで持ち帰る   エンジン(俳号)

    春の山二つに切って持ち帰る

    天高く明治大学持ち帰る

  「持ち帰るの句を一○○句書けば飽きてくるし、その一○○句を上手に並べ替えれば詩

 になるかなと思う」と書いている。〈満月や大人になってもついてくる/辻征夫〉この
句をと

 り上げて、「詩人の俳句」と評している。

   詩人の俳句って川柳に近いんですが、ユーモアがあります。俳句の専門家は説明くさい

というかもしれませんが、ユーモアの質としてはかなりレベルが高いです。専門の俳人に負

けないと思います。詩人が前衛的な俳句を作りたいなどと言い出すと、これは絶対にダメで

す。おおらかで楽しい俳句を書けば、俳句の世界の人を威かせます。私は笑わせることし

か考えていません。自然を詠んでも笑わせたいですね。

   ねじめは雑誌『en-taxi』の企画で角川春樹氏の句会に正客として招かれた。

    中村屋夏の肉まん皮に凝る     エンジン

   角川はこの句を佳作にとった。

  「僕らは具象的なもの、単なるモノを詠もうとするんですよね。俳句そのものに既に余韻

 があると思うので、逆にあまり含みを持たせないように作っている。中村屋が皮に凝る、 

 言葉としてはもうこれだけで十分だろうと思ってしまう」というねじめに対し、


  「あまり言葉に意味を持たせすぎないということは、詩としては正解だ。だけど、ねじめさ

 んの句は全体的に、余技なんだよね」と角川が切り返す。

   それからしばらくして、ねじめに角川春樹句会の感想を聞く機会があった。

 「春樹さんに、余技って言われちゃったよ」と悔しそうだった。

    春の虹ジャンケンポンの手が止まる   エンジン

    春の虹秩父の空に貼りつきし

    春の虹そのうち滲みシミになる

    春の虹ジャンケンポンのパーばかり

   秩父・金子兜太・一茶にひっぱられて、春に虹をつかみたい、触ってみたいという手の

 カタチが〈パーばかり〉でようやく見えてきた。〈台風を担いで走る室伏一家/エンジン〉と

 いう傑作には及ばないが、ねじめ的俳句のこころが見えてきた。


  俳句というのは異質な言葉がぶつかり合って異常反応が出てくるんです。俳句ってすご

 みを出す表現だと思っています。しかもユーモアがありながら。




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