2010/6 №301 特別作品
五城目の市日 阿 部 菁 女
朝市に出す片栗の花の束
いたどりの芽の紅色を笊に盛る
みちのくのはしり蕨の金産毛
束ねたる山葵が白き花こぼす
若布売る手秤にほぼ狂ひなし
幾たびも柄を握りみる農具市
若草に鎌を試しぬ農具市
昼餉どきなり苗市の農婦らも
巻鮨の切り口に咲く花菜漬
売れ残りたる種芋に日が当たる
げんげ田の中をかの世の母と行く
宝輪の照りのまぶしき槻若葉
方丈に蕗味噌の香の流れくる
土地ことばみな面白しバッケ味噌
酒蔵へかよふ風あり花の昼
春陰や注連を小ぶりに麹室
槽口にほのと花の香してをりぬ
鳴けよ鳴け父亡き野辺の百千鳥
蒙古の碑真中にありて畑を打つ
鷗らが春の夕日をつつみ去る
ふるさと 青 野 三重子
望郷の重ね着したり竹の秋
うぶすなは言葉優しく土柔らか
声降りぬ口笛降りぬ梅ましろ
啓蟄や手足長くて才たけて
極むれば瑕瑾の輝く桃の花
蓬野で兄が鈴振るとりかぶと
きらめくは別れの予感春過ぎし
人行けり菜の花遠く置きしまま
まぼろしの足跡追へば霜の花
地べたには青田と関東ローム層
あれは狐の嫁入り花月夜
煙突に煙がなくて涅槃西風
焼くために炎天へ出す柩かな
やがて吾が骨も混じらむ流星
山鳴りの山裾見えて明け易き
春暁の窓にありありわが指紋
輝きの極みを翔べり春の鳥
一瞬の風の形や青芒
洗はれて流されて星匂ひけり
蟬の穴のぞいて兄は戦争へ
かごめ唄 山野井 朝 香
さるとりいばら目つむりて朝のミサ
少年と同じ体温ヒヤシンス
対岸の父呼ぶ日暮れしゃぼん玉
春愁を朽ちたギターのせいにする
青麦の孤独の色を訝しむ
心にも地下街のあり梨の花
片栗の花の隠れに江利チエミ
はだれ野は父が戻ってくる匂い
胸底に錆びる音してげんげ田
片栗の花の昏さやかごめ唄
不器用な光りを競う紫木蓮
樹脂製の蜥蜴になりてすり替わる
散り際は煙になりし花李
チューリップ見るたび吐息しては駄目
日の暮れの私は不在竹の秋
リラ咲いて淋しいものに円舞曲
ふらここを漕いで喜劇の涙かな
うしろより茅の輪をくぐる曇り声
水玉の服着て他人春の昼
華やぎは異界の深さ春竜胆
ルビー婚 大 野 黎 子
機窓から見える南米焦げ臭し
ブエノスアイレス五月広場に七月通り
エビータの墓の小ささ胡蝶蘭
イグアスの滝を見てから話そうか
滝と言う滝を並べてイグアスの滝
イグアスの滝の近くの蝶の群れ
滝しぶき溺れる魚になっている
滝つぼの噴煙竜を昇らせて
解かずともよし地上絵は謎のまま
鮭弁を下げて国際線ロビー
アンデスに連なる一つ塩の山
酸素にもかすかな匂いウルバンバ
マチュピチュの高原列車の速度かな
マチュピチュの空やわらかき駱駝の目
マチュピチュの霊気ソーダー水の泡
ぶよ多しインカの道の細し細し
マチュピチュの登山道なり蟻の列
まだ米寿リュックサックの媼にて
ふたたびの日のありぬべしワイナピュ
半分は砂漠の国のとうもろこし
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