小 熊 座 2010/7  №302 特別作品
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      2010/7  №302  特別作品


          日常悠々         平 松 彌榮子


    さきがけてわが世の春や馬柵づたひ

    陋屋に籠もりて蝶の出入りかな

    病みがちの春ゆふぐれはことさらに

    われに似て痩藤下がるむらさきに

    八重桜跋扈あるじは影うすく

    遺されし愁ひありけり白菖蒲

    衣替へてついでに恋も片づけし

    芝桜咲き分けし地のゆきどまり

    押売りを躱すがごとし薔薇の渦

    ひるすぎの道しんかんと春の猫

    褐色をつよめ五月の野を描く

    緋つつじの激痛八重桜の鈍痛

    野良猫とその仔を垣間見る家居

    沙羅の香に眠れば癒ゆるかもしれぬ

    人訪はぬわれは山姥麦の秋

    月更けて女あるじの跛者の影

    同齢の死の報藤の慟哭に

    藤棚にたましひ戻ることありや

    あられなき痩躯さらせり新樹光

    黒犀となり十字路を渡るわれ


          鬼  首           千 田 稲 人


    荒雄川百尾のわたる鯉幟

    雪解けの青き混濁荒雄川

    片栗や地熱発電声挙げて

    谷照らす一本だけの山桜

    孔多きわが頭蓋(とうがい)や杉菜原

    天を嚙むキリンが居るぞ杉菜原

    水仙のゲレンデの夜獣路

    残雪の奥羽連峰みな裸

    雪解けの峠の彼方父の影

    禿岳裾野を嚙みて雪解水

    池月は馬の名雪解川激し

    トンネルや恥毛あらわに芽吹く谷

    声立てて辛夷の花が山を呼ぶ

    いつまでも慣れぬ眩暈や飛花落花

    老いた背は真っ直延ばせ翁草

    鬼首の天を吹き抜け春嵐

    わが首も並べよ春の鬼首

    青芝や犬きて犬の匂い嗅ぐ

    春愁や人は毛物の成れの果

    昭和忘れ遊んでいるか葱坊主


          夕  桜           大 森 知 子


    初蝶や斎藤茂吉碑をなぞる

    啄木の目に映る海暖かし

    芭蕉像に近々とあり花筵

    花に添う昔変らぬ坂と海

    わが古巣ありしあたりの花幼な

    花少女石の鯨に跨って

    花に鳥アンパンマンの丸い鼻

    花守の倍も老けたる鹿のおり

    風琴や花の嘆きを語りおり

    牧山と鰐山つなぐ花の山

    花時の日和大橋眠くなる

    造船の火花は花を遠ざけて

    隣人の影も映せり夕桜

    葉桜やリハビリ室の明るくて

    恋人は潮騒の中花は実に

    遠き日の母の笑顔と桜の実

    桜貝産土の砂抱きしめて

    桜貝つまみし指に迫る闇

    まぼろしの港に拾う桜貝

    幸は似たり寄ったり桜貝


          ひたむきに        菅   邦 子


    桜散るころと思へりひたむきに

    花万朶空が開いてゐるあたり

    少女みな前髪切りて夕ざくら

    さくら散るまず泣虫の弟に

    老鶯のおのれの声におぼれをり

    胸を疼く痛みのありてヒヤシンス

    枕木の次第に膨む蛙の夜

    青空を流れて来たり蜘蛛の糸

    花冷えの魚影の映るひかがみよ

    春の雷分水嶺で消えにけり

    春眠の手足の先に又手足

    紅梅に少しはなれて赤ん坊

    弟なら今も乗れさう春の雲

    花屑の湿りをのせて千津の墓

    桜蕊降る師の魂のごと掌に受ける

    春霞ひろがる下の宴かな

    非常口バケツ伏せある春の闇

    春昼の頭次第に重くなる

    うるむのは擦りガラスの故白桃むく

    五月来る人みな青き航路持つ


          躾  糸          阿 部 志美子


    花冷えや静かにほどく躾糸

    春茶会衣擦れの音添うて立つ

    舫綱解いて花見舟となる

    背に肩に花の舞い来る野立席

    雨やめば匂い立ちたる花のしべ

    この地にて旅も終りや遅桜

    花の雲言葉重ねて別れたり

    花のしべ浴びて隣人退院す

    遠き日の記憶途切れて柳絮とぶ

    言い難き事をずばりと浅蜊売

    捨て場なきあの一言や月日貝

    春の蝶ひらりとよぎる文庫本

    母よりも父の句多し植田道

    早苗箱しかと担ぎて農継ぐ子

    一村を包み込みたる植田かな

    淋しさは言葉にならず花の冷

    春帽子深くかぶりて孤立せり

    過疎の沼田螺の瞑想つづきをり

    折紙の舟には速し春の川

    ひらがなのあらあらかしこ小米花



 
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