小 熊 座 2010/8  bR03 小熊座の好句
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      2010/8  bR03 小熊座の好句  高野ムツオ



    太古より乳は左右に栗の花          小笠原弘子

  乳房が左右対称なのは、人間に限ったことではない。ほ乳類のほとんどがそうであ

 る。ただし一対であるのは真猿類
に限るらしい。当然、ヒトもこの仲間。樹上生活で

 授乳す
るに、もっとも適した形なのだそうだ。もちろん、一対である理由は他にもいろ

 いろ考えられよう。乳首の数もヒト
に進化する数千万年前は、もっとたくさん付いてい

 たよう
だ。副乳といって、その名残のほくろのようなものが現在でも二十人に一人ぐ

 らいは付いているらしい。二つのみに
なったのは、産む子供の数と関係がある。他の

 ほ乳類も、
一度の出産に見合った分の乳首を持っている。

  他の霊長類を含めたほ乳類と、ヒトの乳房とのいちばんの違いは、その大きさであ

 る。これほどの膨らみを持つ生物
はヒト以外にはない。これにも、いろいろな説があ

 るが、
もっとも一般的なのは、ヒトが二足歩行であることに理由を求める説だ。四足

 歩行の時代は、性的アピールはもっぱ
ら尻であった。尻がオスの目の前に来る。二

 足歩行では、尻
がその役目を果たすことができず、そこで乳房が担ったというのであ

 る。デズモント・モリスが『裸のサル』で述べ
ている。 

  乳房を母性の象徴ととるか、異性を誘うセクシャルのそれとするか、つまるところは

 どちらでもいい。肝要なのは
「縄文のビーナス」など土偶を持ち出すまでもなく、左右

 一対の乳房の生命を産み育てる不思議な力に、人間が畏敬の思いを持ち続けてき

 たということだ。そして、そうした
乳房への尊厳と敬虔の思いを満開の栗の花の下で

 噛みしめ
ているというのが掲句なのである。栗の花の長く垂れ下がる姿、それに色ま

 でも乳房を彷彿させ、その濃密な匂いは
花の生命のたぎりを思わせる。縄文の鬱勃

 たるエネルギー
にあふれる。

    手長蝦星の触れるはいと易し         安藤つねお

  これは短夜の幻想。手長蝦は淡水産。ここでは山里の沼の底あたりを想像すべき

 だろう。夜行性。昼は石や水草の
下に隠れ、夜になると這い出し、名前通りの長い鋏

 を使っ
て小魚や水生昆虫を捕食し始める。死んだ魚なども餌にするし、飢えると共食

 いもする。いくら長い手でも星になど
触れられるはずはないが、これは作者の願望と

 いうもの。
しかも「いと易し」とまではったりを効かせる。このとぼけ具合が楽しい。そ

 こに、いつもの牽強付会ぶりを発揮す
るなら、この「手長」は枕草子などで「てながあ

 しなが」
などと忌み嫌われた夷荻をも彷彿させることだ。いわば辺境の野蛮人。我ら

 蝦夷の係累のイメージ。そう考えると、
この「いと易し」に込められた優しさが、さらに

 共鳴度を
増すというもの。

      
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