2010/11 №306 特別作品
丸刈りの 安藤 つねお
なきかずを指折る度の夜寒かな
三界の縁をたどる茄子の馬
かりがねや後の朝の香を残し
洛陽へ一歩近くの百日紅
鍵穴に合わぬ日月秋の声
すぐ風になりたがるのが雁の列
芦刈や邪馬台国の向う岸
いるか座はわが新領土永久の秋
息災の便り途絶えし曼珠沙華
良夜待つひとそれぞれの昔かな
丸刈りの少彦名もきのこ汁
投錨の少年となる月の海
虎落笛裏木戸を抜け海の星
むづ痒き光の彼方秋の虹
新蕎麦の笊を重ねて老いにけり
人老いき夢の続きの升目かな
ゆく末は雁の空より遙か西
牛蒡掘る今年限りの貌ばかり
新松子「静の草屋」を通り抜け(藤村旧居)
蜩や耳のおおきな拉典入
第五福竜丸航海中 須崎 敏之
雲峰崩れ継ぐ舷窓の大きな顔
ビキニ被爆の甲板の黙油照り
閃光以後五日の修羅場打電せず
雪かと踏みしもの灼熱の魚倉口
撓む水平朽木一本の鮪船
夏の夢に焦げ紫の大漁旗
銀河凪ぐ第五福竜丸航海中
朝焼けの怨滴れる喫水位
奈落抜け来しビン玉の眼を割るな
鮪と共寝し金輪際の帰港吹鳴
夢の島へ投錨の夏深ぬかるみ
漁労日誌の一行を立眩みつ読む
油照りエンジンの数奇染み渡る
揚縄の声なき声のうねる夏
被爆漁船を語り継ぐ夏廻るなり
甲板のささくれは呪詛熱帯夜
福竜丸を絶壁として夏の巷
夏まぼろし白昼夢にも鮪追う
福竜丸の悲憤を夏の翼とす
朽ちる船体南十字星と舫うなり
積木の家 松岡 百恵
夏草や竜が発ちしはこの辺り
生国の舟虫に子と会ひに行く
川の字の午睡乱筆にて御免
罰ゲームのやうな暑さみんな負け
炎昼の黄色い夢がはみ出して
蟬の木を過ぎる何人目の女
石段に座る暑さを分けあつて
この空はきつと海月の見たる空
内海の底裸子の里のあり
百日紅残る月日に揺れ止まず
空蟬は枯葉にならん落葉にも
長き夜の吾子の一日を思ひけり
色鳥や積木の家に朝が来て
指切りを覚えたる吾子鳥渡る
伸ばしたき腕の余る白木槿
祭笛山葵なくては生きられぬ
また道を尋ねられしと秋刀魚焼く
星とぶを待つ水色の願ひ事
お絵描きの空に角ある雁渡し
赤子にも月探す性ありにけり
花烏瓜 大西 陽
もやもやの夜が口あけ烏瓜
虹架かる空の憂鬱押しのけて
八月の闇信長の城残し
嫉妬心いささかもたげラ・フランス
梨剥きて水に流せぬことばかり
えのころやさみしくないとかたまつて
鈍感なをんなたとへば無花果は
信長の刺客の花か烏瓜
グラジオラス一方的に好きといふ
雷神がシテとなりたる薪能
能面にかすかなしめり十三夜
冥府への錘となりて柘榴の実
花烏瓜薄闇を絡めあふ
人やめてより百日紅百日紅
隔たりの一本となる扇かな
邪心とは黒きぶだうの中にあり
身の置き場なくて瓢の棚の下
夜の扉開けむと烏瓜の花
蓮開く百夜通ひの明けたるや
よそ者も貌あり黒き向日葵に
無音の波 澤邉 美穂
納得は生涯かけて桐の花
妹と話せるならば麦の秋
悩み告げる事さえもなく秋の蜂
月涼し自由の意味も分からずに
頬杖を覚えし妹秋の風
秋晴れや何もいらないなんて嘘
半身が天に昇りし金木犀
電線は秋思が伝う線であり
溜息は下弦の月の生みしもの
電話鳴る前の静寂アマリリス
金属の匂いを放ち冬に入る
裏庭の金木犀のものおもい
子のなくて二人に見える朧月
飛び立てぬ紙飛行機と草の絮
跳躍に力はいらぬ星月夜
病んでいる事は隠して涼新た
十三夜電解質の匂いあり
太陽の鼓動聞こえる日傘かな
肺呼吸始めた頃の緑夜かな
十五夜の無音の波が打ち寄せる
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