小 熊 座 2010/12  №307 特別作品
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      2010/12  №307  特別作品


          天の川          阿 部 流 水


    一切の人語消し去り華厳滝

    下駄の夏学生時代軋む音

    塩味と俳味ちょっぴり西瓜食う

    西瓜食う砂漠の国のオアシスよ

    痩っこの食欲勝り猛暑越す

    青嵐目から鱗が落ちるとき

    弁慶の登場となり鬼やんま

    黒揚羽謎の正体見せず去る

    昼顔の話し相手か昼の月

    昼顔の夢は狐に化けること

    大地とは血潮つながる曼珠沙華

    辛抱の末の噴出曼珠沙華

    咲く場所を間違えました彼岸花

    十六夜のメールで結ぶ三角形

    風呂敷を愛用したり十三夜

    コスモスの群集心理揺れ通し

    コスモスの背後で風を煽りいる

    乱れ萩元禄文化偲ばるる

    雁や携帯電話鳴り出せる

    高階に登れば地上が天の川


          誤作動          矢 本 大 雪

    魂棚のごとくに錆びているベンチ

    虫の声とだえて死生あやふやに

    野分して柩と身体わかつ夜

    長すぎる腸のまだらな秋思かな

    抱擁やああ月光を入れぬ胸

    こけしらの言霊として秋の蝶

    骨箱に釣瓶落しの持ち重り

    情欲をほどけば桜紅葉かな

    天の川そのはしばしに佇つ墓石

    コスモスがゆれて誤作動する夕日

    宵闇はかたくいにしへほてる指

    入水するための身ぬちに秋の水

    つみのこすもすこし安楽死のことを

    椋鳥のつどえば大いなるうつろ

    ふるさとや芒はすすきに囲まれてさみし

    老いるもたやすくはなし秋の川

    秋彼岸跼めば見える河口かな

    くしゃみして死にし蜻蛉を飛びたたす

    息吸ったまま死んでいる虫の闇

    この世蹴りこの世に戻るかまどうま


          机 上          田 中 麻 衣

    色鳥のほかに雀も来てをりぬ

    源兵衛の豆炒りあがる秋気かな

    をととひの事はうやむや猫じゃらし

    そろそろと逢魔が時を秋の蠅

    末枯るる口中少し荒れてゐる

    新宿に迷ひし釣瓶落しかな

    椎の実の長き形を思案せり

    数知れず千鳥ヶ淵の穴惑ひ

    芋の露結ぶ頃なる深眠り

    秋七草真行草の習ひあり

    虫の闇ベッドの下に鉄亜鈴

    細胞の軋んでゐたる稲光

    秋灯や出かけしままの机上なる

    女郎蜘蛛金糸銀糸を紡ぎをり

    人声の吹かれてをりぬ名残り簗

    望郷のにはかとなりし破芭蕉

    川音に風立ち上がる曼珠沙華

    何の実か分からず終ひ踏んで行く

    風船葛心許なき潰れやう

    ゆきあひの瀬戸際にあり鰯雲

      MY GARDENING LIFE     大 野 黎 子

    朝に夕に虹を作りて水をまく

    ここにあるここにあるよと茗荷の花

    青臭きこの庭がよしミニトマト

    一鉢に集めし世界ねじればな

    これほどに曲るは魔法胡瓜もぐ

    どくだみの不法侵入しておりぬ

    藪からし敵のごとく討ち取りぬ

    夏の月盗難防止の砂利を踏み

    オンシジュームの七つの花芽わが指針

    五周目に空へと消える赤とんぼ

    馬穴には七つ道具ときりぎりす

    わが虚空烏揚羽蝶が飛び去りて

    鶏頭のにぎりこぶしの堅さかな

    犬と猫と兎の墓標油蟬

    かなかなやひとり遊びを慈しむ

    訴えに近き問あり曼珠沙華

    秋桜河野裕子とそよぎけり

    いきなりの秋いきなりの風雨かな

    日没の前の甲高つくつくし

    しみじみと酔芙蓉より白芙蓉



          大花野          鯉 沼 桂 子


    還らざる刻が手を振る大花野

    道順の記憶はたしか桐の花

    生き方に決まりなけれどくつわ虫

    この世からはみ出したくて櫟の実

    つぎの世も達者でいなよ鵙日和

    明日よりもきのうが恋し秋夕焼

    ほの青き湖をその目に銀やんま

    億年の日差しとともに蜥蜴の子

    松虫草歩けば径となる起伏

    思ひ出に似たる木の実をつい拾ふ

    会ひに来て夏雲仰ぐ墓の前

    再会のまづは病歴ソーダ水

    その後のことは知らざり萩と月

    鬼の子に落葉踏む音まあだだよ

    香水は棚の二段目死後のこと

    はまなすや向う三軒波がしら

    晩年のその先々の真葛原

    言訳を組み立ててゐる掻氷

    踏み入れて軽き反発冬の草

    もの言ひの父に似てくる唐辛子



          秋の松島          太 田 サチコ


    散紅葉踏めば展がる扇谷

    松島の紅葉かつ散る坐禅窟

    牡蠣殻の貼りつく地蔵天高し

    鯊の潮仁王島よりあらたまる

    松島の秋を尋ねて旅にあり

    松を透く八百八島いわし雲

    秋天の潮の膨らむ双子島

    島と島つなぐ橋あり後の月

    秋天の忘れ物なり捨子島

    つぶやきの秋の潮なる仁王島

    紅葉して風を呼び込む雄島の碑

    こぼれ萩踏まねば先に進めない

    潮の香の杉の木立や秋遍路

    石段の一歩一歩や虫の声

    晩秋の鈍き車輪や鉄道碑

    走り根の忠魂の碑や天高し

    爽籟の奥の暗がり鰻塚

    曼珠沙華燃え尽きし時善女なり

    寄せ仏遊ぶ萩叢日暮れ来る

    父の声母の声とも落葉道


          花野行く          伊 藤 晴 子

    断層を調査する人鰯雲

    調査員の帽子の上も赤とんぼ

    黙契や鴨来て親しき川となる

    理想郷めざしてゆきぬ草の絮

    秋蝶の羽根をたたみし石の上

    早池峰を下り修羅めく赤とんぼ

    括られた芒は天をめざすだけ

    芒野の光の中に溺れけり

    秋天へメタセコイヤは化石の木

    天高し少年の瞳はメタセコイヤに

    コスモスの群れ分け入れば風生まる

    コスモスを踏みつぶしゆく造成地

    露草の群れ咲くあたり水の音

    しばらくは虫の浄土となる草原

    草よりも青きすいとを手にのせる

    鈴虫を雑草園に放ちけり

    足元より暮るるはやさの花野かな

    花野行く迦陵頻伽に会へるまで

    大花野このまま沈んでしまひたい

    ゴンドラの鳥の眼でゆく花野かな


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