2011/2 №309 特別作品
風の幅 山 田 桃 晃
風の幅に潮秋冷の縞つくる
秋刀魚饅食ふ完璧な一日なり
今生の自愛いまなり椿の実
釣瓶落し風が渦巻く石切場
夕花野仏の顔で通り過ぐ
世の隅の凍蝶に似し齢かな
綿虫の命を見たり掌を開く
裸木となりたる銀杏五番街
讃歌とも悲歌とも冴ゆる津軽三味
枯蘆の枯れ鮮らしき陽が昇る
鶏提げて枯蘆原を出で来たり
風を抱く枯蘆原の片曇り
蘆刈の穂絮をなぶる海の風
暮際の蘆原寒き水の音
標なく世を生きて来し冬木の芽
なす事のあるが幸せ根深汁
首上げて生いのち命曳きゆく冬の蜂
もう八十路いやまだ八十路臘八会
紙漉の漉き人て替れば音変る
加瀬沼は星の溜り場虎落笛
冬青草 秋 元 幸 治
生きることひたすら言いて落椿
昨日より昔が近い朧かな
一両の電車消え行く花菜畑
あじさいの遍歴誰も知らぬなり
清衡の姫かも知れぬ夏鶯
声かけられることを待ちいるほたる草
清貧の昭和の映画百合の花
浅草は母の青春敗戦忌
北へ向う夜行寝台夏の月
亡き友の口笛霧の林行く
犬の眼の高さに風の赤のまま
後戻りできぬ崖道秋の風
鉄棒の逆さまの眼に秋夕焼
こころざしと言うほどもなく雲の峰
揺らめいており故郷の冬の海
淋しくて人を労わる冬青草
故郷の人声の色冬夕焼
裸木の影絵めきたる街の底
戦争映画見て雪道の烏かな
晩年の母の自転車白山茶花
寒 鴉 蘇 武 啓 子
牛蒡掘るコツンと夕日突きあたる
神木の銀杏黄葉をふところに
荷の隅に母のたよりと干し柿と
胸はって生きよ生きよと鵙の声
林檎煮てデイサービスの母を待つ
校庭に店出す媼文化の日
寒鴉禁句ポロリとこぼしけり
兎抱く峡の日暮れのなお早く
釜神を上目づかいに竃猫
投函の音確かめる初霰
十二月の中庭に来る献血車
冬薔薇いつもどこかに電子音
寂しさも悔しさもあり葱刻む
陸奥湾のかたちの枯葉風に飛ぶ
冬晴や吊り上げられてU字管
駄菓子屋に抽出し百個冬すみれ
枇杷の花畜舎の軒の群雀
クリスマスキャロル山里の児童館
ポインセチア最後のページ開きけり
ゆで玉子きれいにむけて深雪晴
ゆらぐガラス 水 月 り の
立ちつくすコップあふるる赤い魚
墓買イマス友よりメール小鳥来る
先客は木の葉一枚ジャンコクトー
熊本の宗幸さんより冬薔薇
冬うららモーツアルトと縄とびす
レノン忌の踏絵は遠い青の中
禁煙のシベリア鉄道雪女
かかとから冬の魚の影に入る
詰襟の白虎隊チェリーブロッサム
コップの中の蝶は光になるところ
1999年、詩人の高橋順子さんのお誘いで、中新田バッハホールで開かれた「詩の噴火際」で自作詩を朗読させ
ていただいた。
朝の光の中でコップは立ちつくしていた
今にも割れそうな亀裂を抱き締めたままで
割れまいとしている事が
かえってコップを傷つけていた
コップは必死になって
光をこぼすまいとしていた
コップは何を守ろうとしているのか
いつか ガラスが割れる時は来ても、
決して光は割れない
「立ちつくすコップ」
その時俳句を朗読なさった渡辺誠一郎さんに誘われて、2000年春、初めて句会というものに参加した。鬼房先生
は、私の句をふたつとって下さった。
骨拾う私の中を流るる血
人魚姫声の出そうなさくら雨
――あれから十年以上の時が流れた。 (りの)
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