荒ぶる神 我 妻 民 雄
星となる熱き油の蕗のたう
苺放てばもつとも水のきらきらす
樹を降りた人の足うら春の土
人間のつぎはくちなは創世記
方丈にホルンのひびき蝸牛
猫好きの紫陽花好きの忌を修す
蜥蜴飼ひいたぶる少女らの真昼
生ひ茂る砂漠の民の天国は
地べたより余りて高き今年竹
筆洗の烏賊墨一滴あきのかぜ
さざ波と秋の蟬とは浸みるなり
たまゆらの加算減算かねたたき
永久運動もかくや鰯雲
北に白鳥信仰国あれば
白鳥は荒ぶる神と笑ひをり
暮れたれば瀬に凝然と冬の鷺
凍滝の落下のかたち聳えたる
春待つて死ぬ人とはに春を待つ
風花は鈴を転がすやうにかな
おほぞらに唸り独楽ある桜かな
大陸に鳩の頭を食ふ二月
晩年の半歩 古 山 のぼる
大寒や駄菓子まつりの赤い店
片肺がもつともよろこび冬満月
兵卒も一将も枯れ十二月
十二月日本ひとつでありしころ
闇濡らしゆけり狐の嫁入は
海を母胎の寒落日の濃き匂ひ
死語蠢く箪笥長持笹子鳴く
極月や阿吽の妻をちからとし
胎内で見し寒月の色とも違ひ
日が詰まるから鮟鱇の吊るさるる
晩年の半歩の乱れ霜柱
雪空にこころ遊ばせ老の鬱
海を見て手足の関節より凍る
太古より枯色海の晩照は
雑煮食べちからは目玉より溢れ
雪のない正月童話は生れない
屠蘇くんで眼精疲労の青年は
寒星の綺羅に老醜捨てるとき
色乗りし凍大根のかろさかな
寒星が胸にとびこむまで歩く
雪の章Ⅱ 阿 部 菁 女
派出所の雪掻いてをる四日かな
雪晴れや天の鎖のきらきらと
暁の雲をとぢこめ崖つらら
ポケットに分身の独楽登校す
雪やみの村に小豆を煮る香り
下校児へ除雪の腰を伸ばしけり
雪垣をもるる童女の笑ひ声
雪菜洗ふひと葉ひと葉をいたはりて
鶏の脚くくつてありぬ根雪村
凍み餅の色とりどりを吊りにけり
凍み大根月日の痩せていくばかり
雪靴が並んで乳児検診日
雪折れの松が鋭き香を放つ
豪雪の越中へ子を発たせけり
肉叩き選ぶや雪の刃物市
雪穴に栖む山彦も私も
あつけなく転んでしまふ雪女
牡丹雪母の歌声かもしれぬ
みほとけの耳霜焼けてをはします
晩鳥に寒の夜空と姥杉と
日の雫 青 野 三重子
紅梅のほろほろこぼす日の雫
一瞬の風の形や柳の芽
弥生土器いでしあたりを耕せる
雲雀鳴く里山裾へ続く庭
春やあけぼの最晩年の水を汲む
春の夜の夢かも知れず山動く
ふるさとの花のさかりに会ひし人
万葉の岬に落ちて草を摘む
望郷の重ねぎしたり晩春
宵の花見て真夜の花を見る
幻のしつぽ追ひかけ猫の恋
星消えて光りは露にうつりけり
漂ふは悲喜のこもごも花吹雪
頂上に着きても木下闇の中
太陽にぶつかつて落つ華厳滝
下り簗魚籠重しとも軽しとも
仕上らぬままに吹かれし落し文
勲章が母の箪笥に泣いてゐる
遠ざくら日の丸たてて子等に逢ふ
竹植えて吾のえらびし余生なり
幼なじみ 福 原 栄 子
同期生転けて訛って冬旅籠
幼な日の顔貌面や雪静か
水や茶を買う贅沢や開戦日
すがもりの記憶の盥共有し
風花や指しなやかに碁石打つ
戦中と戦後を生きて冬桜
手品にて伊豆の怒濤が波の華
志功画の臀部談議や懐手
緑黄色野菜嫌いの赤ヤッケ
永久の愛とは笑止千万雪女
激動の昭和が、ふた桁になった昭和十年、十一年生まれの私達には「ふたけた会」という同期会
がある。昭和二十年に終戦を迎えたのだから、多感な小学生時代に戦中、戦後を経験した。また
志田小、保柳小、米倉小の三校が新制中学志田中となり、この同期会は盛大である。尋常小学
校が国民学校に、そして新制中学校になった日々を共有した幼なじみとの話題は尽きない。私は
教科書を墨で塗潰す時、後で読めるよう薄く塗ったら、拳骨をもらった話と、弁当の真中に、梅干し
ならぬ、いかの塩辛を入れて持参し、ストーブの熱で教室中に異臭が立ち籠めた話をした。本人
が恥ずかしくて逃げ出す前に、級友が逃げ出した程だった。人気者のKさんは手製の漬物やプレ
ゼントを持参してくれ、替え歌の披露には笑い転げる。Yさんは、いまだ現役で活躍中だが「北の旅
人」は歌手並に上手だ。遠く離れていても、誰もが古里の山や川を慕い集い合う。素朴な干柿など
を喜んでくれる幼なじみ、そろって喜寿を迎えられるよう健康を祈っている。
(栄子)