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2011/9 №316 特別作品
混沌(バヌアツ国タンナ島) 佐々木 とみ子
裸子を抱いてはだしの大家族
はにかんで割礼まえのはだかの子
酋長が入道雲のように来た
日に灼けたしなやかな胸ハグをして
生殖の夏バニヤンの樹のまわり
生きてゆくぶんの椰子の実椰子の家
椰子蟹を食う晩餐のはじまれり
密林の風に洗われ羊歯蘇鉄
青羊歯にのせ老残をさし出だす
夜は死に朝には生まれ黒さそり
蛇の目もにんげんの目も午さがり
スカーフのように夕焼け火噴く山
マグマ炎え散りとぶ夜空夏のそら
生傷が生きつぐあかし噴火山
火の山を精霊舟よすすむなり
環礁の波うねうねと海施餓鬼
低くとぶダミアのかもめ珊瑚海
赤道はいっぽんの線祭笛
木に草に路傍の石に水を打つ
耳を澄ませば啞蟬の蟬しぐれ
夏 中 鉢 陽 子
夏椿ひとつ拾えばもうひとつ
太陽とハイビスカスの髪飾り
雀来て夏の木もれ日背に映す
小町塚草の刈られて現れる
夕立来てレンガの色の濃くなりぬ
野仏の手に萱草の花揺れる
蓮の花祈りたきことあまたあり
カレー屋の昼坪庭の夏の雨
水替えて母の育てる水中花
さびしくて水鉄砲を遠く遠く
村古りてしらじら光る栗の花
十二時のロビーに人寄る花氷
励ましが悲しい時のソーダ水
梅雨明けて心の棘が抜けました
朝涼や村の静寂をひとり占め
小石川後楽園や夏つばめ
夜店にてルビーの指輪買いました
美しく畝立てられて島の夏
夜店の灯べっこう飴の向こうにも
夏雲へ突っ込んで行く飛行雲
金魚玉 大 西 陽
人の世へ深入りしたる葛の花
菊人形時に謀反のにほひあり
豆の飯男はいつも少年期
退屈は胡桃触れ会ふ音となり
薄暑かな皿に盛られし鮒寿司も
天井の遊女も降りて仏生会
睡蓮や夜見の国より顔を出す
アマリリス慟哭といふ色をして
菜の花や不可解なほど死は近し
欲望のひしめき会うて黒葡萄
星飛んで男にもある泣きぼくろ
風評の届かぬ高さ桐咲けり
葛の花逢うてはならぬ人とゐて
毒矢放てば翡翠の青となり
ビリケンの足裏なでて夏に入る
通夜の客花栗の香にまみれ来る
びいどろの気泡に大暑来てるたり
勾玉が魚のごとくに冷夏来る
真夜中のキスとも赤い熱帯魚
金魚玉千年醒めぬ夢あらむ
迷 想 田 中 麻 衣
静かなりカーネーションを買ひし日も
道行に小さすぎたる日傘かな
睡蓮の池に至りて時止まる
青嵐西郷像の動かざる
深草に引き込まれたる黒揚羽
炎天を受け入れてゐる入江かな
くちなしや同じ処で同じ事
雷雲を引き寄せてゐる男山
天牛や今も手許に肥後の守
郭公を聞きをり左甚五郎
白百合と私が写る大鏡
うすものの胸に火傷をつくりしか
水中花より始まれる無言かな
身中の重心として金魚玉
手花火の忘れられたる箱の中
中元のよく冷えてゐる重さかな
冷奴老いてますます老い易く
古井戸は何処につながる日雷
重くなりゆく八月の風の音
迷想に水蜜桃の香りたつ
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