青 中 井 洋 子
梟に青満ちくれば啼きはじむ
後悔の化身でありし海鼠かな
赤松のここより並木そぞろ寒
紛れるにさつと辞するに毛糸帽
九条は妖怪かとも藁塚に雨
生まれたての光りのひとつ蕪かな
おのが頸に不慣れなる白鳥のゐて
切手より海へ枯野の広がりぬ
刃を入れて重くしなやか八頭
寒林の空を手持ちの一つとす
安眠の寝返りならん冬眠中
臘梅の咲きしあかしの痛みかな
鎌鼬鏡の中へ帰りたる
しぐるるや角瓶として世に長し
ここだけの砂冬空の落し物
酉の市裏手は崖のやうな闇
山裾に流離の果の干布団
白鳥に侵されまいとする瞳
このたびは疎林の生みし雪女
シリウスに耳がもつとも繋がりぬ
氷下魚 矢 本 大 雪
暗闇へ塔はのびゆく寒卵
頭だすまではセーター無辺の繭
湿り雪重くてぐずりだす木箱
てのひらの窪みは冬野小銭うく
寒星に応え真白き地が呻く
ロールケーキの記憶のなかの雪しまく
鮟鱇も氷下魚も羅漢どの指も
帰り花咲かす海嶺つづく部屋
寒波来て誰もおぼえていない海
かすかなる霧笛冬野に手をついて
雪嶺は立ち雪嶺は歩きだす
寒北斗彷徨すれど四畳半
海を見るために雪筍のごとき墓地
のこすべき言葉にかえて冬の雷
鉛筆でつっつけば咲く冬薔薇
鬼やらいそしてだあれもいなくなる
ストーブをつけれど孤独とは寒さ
結露しつつ逝く残高照会後
雪野あかるくて死んだのにも気付かぬ
どこも岐路一気に呷る寒夕焼
杉の実 吉 本 宣 子
終戦日神杉いぼ神ふいと消え
柳散る水の廊下の水折れて
杉の実や太郎次郎をかたはらに
古墳村昏き口あけちちろ鳴く
青空の真つ直中を木の実かな
豆柿の一つが母を呼んでをり
この先は真赭の薄着るとせむ
覗き見る祭神くらしおんこの実
心離るるごとく高きに鵙の贄
晩年や鶸のやうなる会話して
湖底にも行者径あり木の実落つ
冬海の漆光りを弔旗とす
三角の風よくひびく冬すみれ
狐火に浮力なかりし小半時
まづ影が川を歩きて冬ぬくし
角巻も烏も翼たたみをり
俳諧の落葉を踏んで大鴉
三井寺の孔雀が羽を閉ぢて冬
青空へ登りはじめし落葉あり
襟巻の狐この世を遠ざくる
寒北斗 吉 野 秀 彦
二の腕の刃金となりし冬至南瓜
草庵に留まることなし寒満月
ポインセチアマザーテレサは綿を着る
荒ぶれる星は洗えず去年今年
ポインセチア持てば密会めく駅舎
最果ての声で啼きおり大白鳥
点滴の雫に住みし年の暮
優曇華の色は薔薇色貰い風邪
陽光は胸に納めて鳰
この地には咲かぬ満天星寒北斗
待春の骨の太さや欅道
冬の猫前生の借りが残りおり
回想の全てが津波寒北斗
大空は明日と同じ去年今年
タクシーの空車ランプも淑気かな
賀客みな予防医学を講じけり
駅員の鼻音は強し初電車
初夢の梁山泊に招かれり
姉に似た女礼者の妻がいる
皿に盛る駄句のあまたも大旦
喫水線 宇津志 勇 三
初雪を覚え居ながら床の中
初雪は約束のごと降りにけり
初雪や遠き山々近くなり
初雪や獣の性が丸くなり
初雪は瓦礫目指して降りにけり
初雪は暗き窓から暗き窓
初雪は音符のごとく降りにけり
初雪や耳の底から静まりぬ
初雪や人の匂いの消えてゆく
初雪に九穴全て晒しけり
初雪は総取替のゲームのように
初雪や高層ビルも家並みに
初雪に喫水線の沈みけり
初雪は枝の先まで登りけり
初雪や帰らぬ人の近くなり
初雪のトンネル通って人が来る
初雪のトンネル通って我行かん
初雪の溶けて現に戻りけり
初雪やよく噛みしめている朝餉
初雪やおはようの声高らかに