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2012/5 №324 特別作品
竹駒奴 日 下 節 子
やはらかく風吹く日なり午祭
初午の幣朝空に翻へる
二礼二拍一礼春告草匂ふ
荘厳な御輿の渡御や春日影
料峭や宮司の木靴黒光り
午祭茶髪の騎士が現れる
三角の油揚匂ふ午祭
初午の一の鳥居に種物店
春光や二木の松の影濃かり
初蝶の影うすうすと翁の碑
笠嶋の道縦横にはだれ雪
雪折れの竹横たはり実方碑
実方の塚へつがひの紋白蝶
西行も訪れし塚竹の秋
春泥のなかひつそりと投句箱
笠嶋の鞍掛石や草萌ゆる
しろがねの日差しに揺れて柳の芽
毛槍投げて受けて奴の春闌くる
練り歩く竹駒奴春うらら
天馳けるかたちに神馬陽炎へり
春 氷 高 橋 森 衛
春氷己れ映せば毀れそう
下野に鯨の化石朧かな
心根は屯田兵や春耕す
春泥のそれでも道を貫けり
蓼植えて大地の心集めおり
ふらここを漕ぐや冥府の見えるまで
風吹けば反骨の声冬柏
如月の風に目覚めし水の精
人嫌いのまま山椒芽吹きたる
春満月母は運河になりしかな
かぎ括弧外せば見える昼の星
一葉忌一円玉の重さかな
陽炎の中列島の線量計
金縷梅の命のように峰ありぬ
ソロで行くメゾソプラノの揚雲雀
考えに斜線のありて春の雪
人も氷柱も太陽の一分子
家系図の中の吾が名や朧なり
内に向く力漲る春の泥
空耳のような誘いや紫木蓮
海よ(ラ・メール) 浪 山 克 彦
三月の海は
春の光を耀かせて
ゆっくりと囁くように
浜辺へ寄せていた
長い冬を過ごした東北の山河を労って
春の 耀く息吹を誘う
母の鼓動が聞こえる筈だった
それが
あの日 三月十一日
海は母を喪った
沖の一線に 波は突如立ち上がった
海底のヘドロを巻き上げ
黒い巨大な魔物と化して
私たちの浜辺へ奔った
いや 海が丸ごと揺れた
何が起きたのか
私たちは竦んだ 阿呆のように立っていた
津波だ 誰かが叫んだ
私たちは枝を組んだ
大地に伸ばした根に全身の力を籠めて
踏ん張った
海は狂った
母を喪った
微笑を湛えていた顔は
どす黒い殺戮者の面となった
この星の あらゆる生命を生んだ母は
人を攫い
草木を薙倒し
大地を捲り
コンクリートを倒し
家々を砕き
海底へ引きずり込む 魔界の腕となった。
轟轟と 轟轟と 轟轟と
松林も呑み込まれた
幹を裂かれ 枝を折られ 根を抜かれて
多くの仲間が海を漂った
一瞬の間に
浜辺から音が消えた
人の声が途絶えた
鳥の鳴き声が止んだ
風の音 枝をゆする音
生命の音がすべて消えた
絶対零度の死の世界
海の中に 瓦礫の間に
幾百の遺体が浮いた
凍るような波に揺れて
顔を覆う白布はなく
棺はなく 弔いの花はなく
何よりも送る人の温かい涙がなかった
雪が降ってきた
殺戮の跡を消すかのように
後から後から降ってきた
残酷に 優しく 後から後から
十日が過ぎた
積み上げられた瓦礫の上に
まだ新しい 赤い三輪車が乗っていた
柔らかい青草の春の野原を
走るために買ったのに
二十日が経った
半分崩れた橋のたもとに
マタタビを漬け込んだ一升瓶が転がっていた
浜で生きた髭の濃い男の
寝酒に造ったのに
ひと月が流れた
薄い色の喪の花を人々は願ったのに
桜はいつものように
華やかに咲いた
夏が来た
人々は浜辺に蹲って手花火を掲げた
小さな炎の向こうの闇で
ぞうぞうと魂が立ち上がった
死者ともなりきれない影が
ゆらめき立った
それでも――――
「春を恨んだりはしない
・・・・・・・・・・
春を責めたりはしない」
ポーランドの詩人シンボルスカのように
三月の海は
春の光を耀かせて
ゆっくりと 囁くように
浜辺に寄せていた
海はふたたび母となって
私たちは彼女の鼓動のなかに生きるのだろうか
〈「瀬戸内タイムス」2012年3月12日号より転載〉
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