小 熊 座 2012/9  №328 特別作品
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      2012/9  №328  特別作品



         快  眠         山 田 桃 晃


    明眸の面影夜のほととぎす

    夜の夏炉泣き三味線の音合せ

    夏萩や酒倉の窓嵌めごろし

    汗拭いて拭ひ切れざるもの思ふ

    昭和一桁生きて悪いか韮の花

    いまさらに急がぬもよし蝸牛

    緑陰に吸ひ込まれゆく杖柱

    塩竈の塩竈生れかたつむり

    壮快に団扇使ふもお国ぶり

    見過ごして来しもの数多なめくぢり

    青胡桃もう振り出しに戻れない

    被災田に追ひ打ちかけてやませ霧

    地の底のやませ溜りの塩害田

    向日葵や波の底なる瓦礫山

    扇風機首ふるどこか疲れをり

    屋上の茂り気球が降りて来る

    遠雷の海へ迷ひしつがひ蝶

    息災の齢かさねし冷奴

    余生には快眠土用の鰻食ふ

    海開きなき海の日の鳴き砂よ



         亀之助         永 野 シ ン


    一と駅を歩けば旅や遠花火

    人声をまねる鴉やジギタリス

    朝焼や亀の甲羅を洗いおり

    ブルーベリー喰めば口中深き海

    蛇衣を脱ぎて潮騒聞きにけり

    だんご虫よわれも必死ぞ草を引く

    今まさに旅の途中や髪洗う

    思い出はほろ苦きもの青胡桃

    紫陽花の毬が疲れて居る夕べ

    煩悩を断てずにからすうりの花

    クレーンの齧り尽せぬ雲の峰

    榧の実の青き匂いや高蔵寺

    理科室の骸骨包む稲光

    落葉松の森に九月の風の声

    残酷な海に佇む秋日傘

    潮焼けの蜻蛉の無言わが無言

    ねじ花はまこと捩れて雨の中

    亀之助の墓碑なでまわす萩の風

    また一つ新しき橋祭り笛

    死者の声桜紅葉の闇に消ゆ



         朱鷺の雛        冨 所 大 輔


    今日の今の命をつなぐ朱鷺の雛

    芽木赤し五体おりおり意に謀反

    古傷はおのれの証冴え返る

    確かなる今日の日ざしの芽水仙

    己が代の諸行無常や雛の酒

    春寒に頑と真向かう鬼瓦

    昨日より今日の広さの雪間かな

    寸の減り目は雪解とも時間とも

    現世の一服心地春の鳶

    命数に緑ゆたかな朝が来る

    飛ぶ蝙蝠空は約束する明日

    そこに広がる鈴蘭の小宇宙

    落ち椿八重の残り火朽ちるまで

    天界のことはわからず蝶でないから

    褪せぬまま散り伏すつつじの花模様

    青梅の太る早さに付くみどり

    城山の声なき声や余花爛漫

    新緑や四捨五入して余生とす

    鶺鴒に雨後の発心ありにけり

    欠礼の文に残像卒業歌



         紫  薇         大 西   陽


    したたかに生きて継子の尻ぬぐひ

    海鼠より少し貴方の方がまし

    着膨れのやうに少女のつけまつげ

    大暑かな猫が質屋の門くぐる

    崩れゆく真紅の薔薇と私と

    白桃を剝きて微熱の冷めやらず

    世を乱す色を放ちて百日紅

    少年に百の説法アマリリス

    ねこじやらし一体君は何者ぞ

    浄土とは瓢の棚の下あたり

    ギヤマンの手足が欲しと水馬

    子を生まぬ身に眩しさや麦の秋

    もがくほど深みにはまる金亀子

    佛にも美男美女あり白桔梗

    月光の香なり泰山木の花

    サルビアや甲斐よしひろの太き声

    花の夜のこの身もむくろかとおもふ

    なぞ多き円空仏や赤のまま

    大津絵の鬼の目ぼろんかずらかな

    紅の花振れば推古の音すなり


 
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