小 熊 座 2012/10  №329 特別作品
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      2012/10  №329  特別作品



         聖  地         佐々木 とみ子


    久慈のそば野田村のあめ被災市

    万緑の浄土浜は目にいたく

    クローバの花環をかざりいしのまき

    鵜のそらは赫くただれて鵜住居(うのすまい)

    夏の日に晒されて(べと)水溜り

    大津波以後五百日犬ふぐり

    仮設住宅(バラック)はひとすじの紐宵闇に

    西日射す瓦礫の山にその海に

    うずたかく瓦礫を祀り盆迎

    夏空のしおれておりし献花台

    海市から漂ってきた哺乳瓶

    少年の名札だけいる夏休

    田螺やごちちはは祖父母こどもたち

    「震災の燭」をかこめる油照

    ひたひたと津波をあらう青葉潮

    生きて吸うかまいし海雲もったいな

    東北の桃さくらんぼ被曝せず

    三陸の海にござせと牡蠣そだつ

    喪の海へ牡蠣筏を組む一つずつ

    冬青(もち)の花ずっと向うは雪が降る



         生活と死と       松 岡 百 恵


    たましひの形を得たるしやぼん玉

    石垣に咥へられたる蛇の衣

    透明の細胞多し裸子は

    水よりも水の味する氷かな

    今年また暑くなりますサダコさん

    九段下と皇居の間カンナ咲く

    戦場に生活と死と砂の炎ゆ

    左手はドヴオルザークに引かれ秋

    新涼のドラキュラごつこ吸ひ返す

    ひよんの笛お伽話の結末は

    鬼の骨あるとや桃の種割れば

    吾子秋茄子を宇宙一振り回す

    星飛んで消ゑて妊婦でありしこと

    海嶺に生れて戻らん秋の風

    時間にも断層のあり曼珠沙華

    冬紅葉鎖骨のにほひ褒められて

    冬の薔薇女の臍は戻らざる

    風花や空には空の言い分が

    伝言が蜜柑の下にある土曜

    春の雪消ゑぬ言葉を探すのみ



         伝来記録        遅 沢 いづみ


    どの駅で降りるのかサマーランドは

    生きてゐる彼鬼怒川で金魚釣る

    震災後閉鎖のプールに並ぶ椅子

    暑い日の続く絵日記丸い海

    扇風機同級生が夢の中

    香水を辿れば足踏みのオルガン

    干瓢が伝来三百年祭

    那須郡にさまざまの霊降る氷雨

    始まりと終り真夏の野球場

    晩夏光最古の観覧車が回る

    東京のどんどん遠くなる残暑

    街の中心なつかしの盆踊り

    朝顔の紺の生き血のあしたかな

    夕暮れの古き軒端に法師蟬

    アルバイト探す八月茗荷谷

    休暇明けたなら下野書道展

    俺の牛俺ん家の牛流れ星

    いつよりか家族離散の芋畑

    来年を占ふ細いハイヒール

    避難したかもしれぬ九尾の狐



         蓮の花         佐 藤 み ね


    築山の尖りし岩の緑さす

    閑古鳥浄土の風の洲浜かな

    白萩の板碑にこぼす月日かな

    薄衣の僧はふわりと風に乗り

    夏蝶の影定まらず日が陰り

    山蟻に足すくわれる月見坂

    固まりて水面を揺らす青くるみ

    弁慶堂の陰に固まる額の花

    風薫る秘仏に托す吾子の霊

    薫風や秘仏に吾子の影重ね

    風薫る吾子の浄土は金色堂

    北上のお山に秘仏吾子に蓮

    時越えて蓮開く日の秘仏かな

    いにしえの風の道あり蓮開く

    金泥の仏の波動夜の秋

    御仏と螺鈿の柱ほととぎす

    観音の慈悲の指先山若葉

    万緑や鼻の欠けたる磨崖仏

    灼岩や耳の大きな磨崖仏

    磨崖仏の空を自在に夏つばめ


 
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