小 熊 座 2012/11  №330 特別作品
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      2012/11  №330  特別作品



        方 舟         さ が あとり

    梨切るや二十世紀は我らが芯

    うはさ一ついくさへ育つ秋渇

    相棒はとつくに死んで蟬の殻

    紅顔より白骨親し秋の風

    菊人形奪衣婆の来てはがさるる

    無花果や家ごとにある家の恥

    噺家は座布団の上つづれさせ

    国民総背番号制秋刀魚食ふ

    あげ二枚もめん一丁鳥渡る

    昆布干すこんぶのやうな帽被り

    大空を鶴が渡つてバスがない

    蓑虫は着てゆくものがなくて鳴く

    さやけしや仏像ガール山ガール

    正倉院曝涼蜻蛉がへりかな

    まだ誰もたたきに来ない埃茸

    蔓たぐり置いてけ堀を引き当てん

    試食皿どれもべつたらくされ市

    つげ櫛が椿油に漬く良夜

    長き夜や土偶は人でなく精霊

    剝製店はノアの方舟真夜の月



        蟬            中 鉢 陽 子


    大西日買物かごの目を抜けて

    休日のひとりの昼餉油蟬

    夜の蟬長子ひとこと父語る

    かなかなの止めば厨の水の音

    ひぐらしの故郷母のいるような

    耳奥のかなかな消えぬまま眠る

    夏薊父開墾の畑隅に

    膏薬の匂いのせくる団扇風

    原発を憎む残暑の中にいて

    夏負けの指の先より酢の匂い

    月見草穂先に咲いて谷の朝

    竹伐りて馬頭観音朝日中

    新涼や本積んである古畳

    初秋の明りに寄りて読む手紙

    焦げぐせの鍋でかぼちゃを煮てしまう

    大連は夫のふるさと蚊遣焚く

    硝子館出て三日月と歩き出す

    西日入り薬膳カレーできました

    酔う父の引き揚げ話木の実落つ

    くもの巣の日当るところ虹色に



        奇 跡         遅 沢 いづみ


    坂道を上る先生衣更

    過ぎし日は夢か奇跡か海開き

    登校も祭も倉庫前集合

    夏の果水戸黄門の旅の土手

    土手好きはたぶんとつても歌が好き

    昼過ぎのテレビ体操敬老日

    秋風が吹くと恋しい久慈琥珀

    それぞれの放課後レモン牛乳パン

    煎餅が湿気吸収秋彼岸

    軒下に傘揺れてゐる秋彼岸

    いわし雲見上げる耳たぶのパール

    踏切の開いてまた閉ぢ秋時雨

    赤煉瓦、前曲がります東野バス

    窓際の二階席月見バーガー

    節電の校舎に雲の上の月

    つつがなく並ぶ月見の供へ物

    赤のまま無名子役の名演技

    一房の重さが大事葡萄狩

    綿入の婆ちゃん早く寝て起きる

    夜がたりの梟八溝山の村



        花ユツカ        渡 辺 智 賀


    郭公が山彦を呼び蘆の句碑

    日の中の天道虫が翅ひらく

    み佛の足跡のあり花ユツカ

    午后からの翳の重みや黒揚羽

    黒揚羽刻を斜めに路地よぎる

    賃車一輌突き放されて野萓草

    登山道S字につゞき合歓の花

    閂の邸内にいる青蜥蜴

    宅配の荷を抱えたり青田風

    強情の一語一語や夏の花

    分離帯コスモス吹かれどうしなり

    土に生く酢漿の花摩尼車

    したたかな向日葵となり陽に背く

    向日葵の村を真っ赤な郵便車

    竈神風を送りて渋団扇

    日本語の義理まだ生きて渋団扇

    地に落ちて翅ひびかせて秋の蟬

    曇天や梵字梵字に秋の蝉

    阿武隈川に水切の石吾亦紅

    梵鐘のしじまの重き晩夏光



        ピンポン玉の夏    佐 藤 成 之


    雨降りは嘘つきが好き雀の子

    中二病新樹が独りごとを言い

    虚と実を往復ピンポン玉の夏

    行く手には蜘蛛の巣ばかり十三歳

    白靴がほしい自由になるための

    練習のように降り出す夏の雨

    少年を溶かしてしまう大西日

    言い訳をなくして海岸線歩く

    根の国へ進路を決めてからの秋

    一握の砂ほど星があり孤独

    悲しみを銀河の果に捨てに行く

    大人にはなれず銀河へ転校す

    地獄から抜け出すロープ月に掛け

    大花野遺書を書くには広すぎる

    生きる意味電子辞書にてさがす秋

    少年の目に秋湖底を覗くごと

    十月の空の高さに絶望す

    落書きのような人生小鳥来る

    天に星少年真っ逆さまに冬

    雪の花きれいごとでは済まされぬ






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