|
2012/12 №331 特別作品
伝 単 我 妻 民 雄
冷やひやと盆地海盆ぼんのくぼ
萩掃くはある母と亡きははのため
A面のスキヤキB面螻蛄鳴けり
方舟のやうに浮きうきして野分
つうと出ては頭の中へ曼珠沙華
体毛を失ふひとと河馬とゐる
たたまれた体積ひろげ蟬生る
水底のざりがに退る土けむり
水馬の脚ごとに水凹みをり
唄ふやうに伝単渡される立夏
睡りより生還ゆれてゐる地縛り
その下に汚れたる雪春の雪
花過ぎの頭外してしまはうか
ビーカーの犬とり出す四月馬鹿
山猫森・黒森は山山笑ふ
陸封の海はるかなる恋離れ
舐めるなら縞枯山の薄氷
煮凝りや暗鬼を腹に納めては
見えずとも骨肉過る石蕗の花
帰り花海近ければ海を向く
帰らざるもの 阿 部 菁 女
葭切が鳴く縄文の舟着場
棹秤より飛魚のすべり落つ
土饅頭浦島草が糸垂れて
片膝を立てて祭の足袋をはく
青春の残像として蟬の殻
空穂草グスコーブドリの碑がここに
夏萩や縁に荷を解く薬売
目薬のしづくに映る鰯雲
実柘榴や母悲しますことばかり
実柘榴を提げて信夫の里をゆく
秋晴れや六人乗りの乳母車
秋蝶をネイルアートの指先に
木の実降る雨乞石をコツと打ち
露けさの祠に吊りし草箒
帰らざるもの山彦と草の絮
二、三枚木の葉はりつく下り簗
汽車通りすぎ邯鄲の闇もどる
一本の薄を活けて蛇笏の忌
遠き世の雪の香りの林檎むく
亡き父と聴く秋の夜のモーツアルト
西 へ 須 﨑 敏 之
夕焼の涯まで濁りタイ沃土
西日澱む低庇より鳩と微笑
熱帯の果肉と河暗がりの秘仏
バイクこそタイの血流朝焼迷路
天懸かるブーゲンビリア屋台の餉
香辛の国の屋台の彼は誰時
来合わせしマンゴーの旬天幕市場
塩田夫ら一スコールを畳み居る
バイク煽る泥濘の椰子林かな
椰子の実の野積みに驟雨たばしるよ
象使い眠る熱砂のトタン葺き
日本車混むバンコクを西西へ入日
泰日小一年十組日焼と歯抜け
画眉鳥や夜明けの暑気が纏いつく
国花とて黄の藤様の天懸かる
菩提樹の緑陰の羽根箒売り
甘辛酸っぱい泰の夕焼料るかな
大河悠々鷺の屍を乗せ萍過ぐ
熱帯の常の濁流首都を貫く
金色仏にガジュマル気根箍を為す
冬すみれ 吉 本 宣 子
唐松にわが肩口に春の雪
外海へ出てゆくごとき涼しさよ
娘と夫の還りし径の残暑かな
草ぐもの祓われ子ぐも増やしをり
枇杷のへそ虫喰い馬頭観世音
死なせてならぬ堅き乳房や凌霄花
竹の血も葦の輪の幣に祓われて
浮御堂墳井のごとく眺めをり
病葉の火屑のごとし明智塚
霊山を下り来るに汗使ひきる
ぬかばえを叱りつつゆく黄泉の径
彼岸花聴えぬように争えり
とろろ汁淡海に雲の走る音
父の声口寄せられて青さんま
彼岸花日に日に日々に月に触れ
秋澄むやおぼこの魂が目礼す
福島や水洟耳朶の毛被爆して
自転車は餓鬼の明るさ竜の玉
みちのくの瓦礫に冬日晴るるのみ
冬すみれ故郷捨つれば一戸消ゆ
花巻ひと夏 鯉 沼 桂 子
雨あしは賢治の匂ひ八月来
再会のひとつに瀬音夏の夜
夏の瀬の一途さゆゑのさはがしき
万緑の小岩井農場雲を飼ふ
はじまりはなめとこ山か滴れり
冷房の風が背筋に山猫軒
白シャツにおもざしありぬ林風舎
炎天のイギリス海岸素通りす
羅須地人協会脇の青芒
歓迎御一行様盆近し
水を打つ南部訛りの番頭さん
この星の水もてあそぶ夏の堰
幻聴か瀬音か夏の旅半ば
人も世もいづれまぼろし夏の草
山女魚釣水の底までみちのおく
黍あらし夜は賢治の星こぼす
流星のひとつ落ちたる七ツ森
八月の動かぬ葉影墓の影
やがて死ぬこの世の指に赤とんぼ
走り根のここが終の地蟬の翅
|